BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №125「勤行の時」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

問う、仏前に看経勤行すること、世俗には朝夕の二時に限ると思えり。 答えて曰く、必ずしも二時に局(かぎ)らず。『時處軌』に曰く、四時(晨・午・昏・夜半)、三時(晨・午・昏)、二時(晨・午)、一時(暇を得るに随う)、無間一切時(行住坐臥に修する…

よこみち【真読】№125「五体投地」

祖父の真前にお参りをしたいと、生前親交のあったご老師がお見えになった。黒衣に木蘭色のお袈裟に改められたご老師を、開山堂に並んでいる歴代住職の位牌の前にご案内した。ご老師はおもむろに礼拝をし始めた。座具を展べて両膝を着き、両手を仰向けて床に…

【真読】 №125「礼拝」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号54 仏を礼するに三拝をなさしむるは『智度論』に曰く、三毒を滅し、三宝を敬い、三身を求め、三界をなす等と(『義楚六帖』)。 ○『増一阿含経』に礼拝の五功徳を説きたまえり。 一には、端…

よこみち【真読】№124「聖なる場所」

「道場」という言葉が「聖道を証する所」にもとづく言葉だと知ったのはこの本編が初めてだった。それより先に「剣道場」や「空手道場」などの用語に慣れていたのでごく一般的に、武道をならう施設、という解釈をしていた。本編の引く『西域記』がオリジナル…

【真読】 №124「道場」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号53 仏の在(いま)す處を道場と云うは、『西域記』第八に曰く、賢劫の千仏、金剛座に座し金剛定に入りたまう。聖道を証する所なればまた道場という。 ○按ずるに、秘軌の中には本尊の在す所…

よこみち【真読】№123「教えてSiri」

とても初歩的なことのように思えていささか恥ずかしいのだけど、正直に話してどなたかに教えていただこうと思う。 うちは曹洞宗のお寺だけど、庫裏の中に仏壇があって、そこには私の祖父母ほか亡くなった親族の位牌を祀っている。で、そこを「お内仏」と呼ん…

【真読】 №123「内持仏堂」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

問う、吾が邦、本堂の外、方丈あるいは寮の内に仏像を安じて内持仏堂と云う、これ本拠ありや。 答えて曰く、義浄の『南海寄帰伝』に出たり。彼に云く、僧房の内、尊像を安ずることあり。あるいは窓上において、あるいは故(ことさら)に龕を作る。食坐の時、…

よこみち【真読】№122「折々の愉しみ」

会えない人を「思い慕い」てその姿を絵図・形像に再現し自分のそばに置く。本編のfbアップにもコメントいただいたように、その行為は釈尊に限らず、この世に生きる人たちにも共通するものだろう。 だが私は今回の本編を読んで、特に引かれたのは『西域記』の…

【真読】 №122「仏像を安置す」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号53 木像・絵像を礼拝恭敬することは全く如来在世の尊を拝するに同じ。ゆえに仏滅後、絵・木の像を安じて拝せしむ。 『円覚経』に云く、もしまた滅後に形像を施設して心に存し、目想し、正臆…

よこみち【真読】№121「教えてイイコト、ワルイコト」

たとえば仏像開眼の儀礼作法を知りたいとしよう。 そうした事情に明るいどこかのお坊さんに聞きに行く。「教えて下さいな」「そんなこと簡単に教えられるもんじゃないよ」「そんなけちなこと言わないで教えてよ」「なに言ってんだ、そんな軽々しいもんじゃな…

【真読】 №121「たやすく印明を見聞きする罪」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号53 『集経』第一(仏頂壇法)、仏、諸の比丘に告げたまわく、「いまだ一曼荼羅道場に入らざる者は、為に三昧陀羅尼呪印を説くことを得ず。聴聞することを得ず。法を見ることを得ず。もし為…

よこみち【真読】№120「秘すれば花」

「××××××、×××?」 「△△△△△」 「×! ××××××???」 「△△、△△△△」 「××、××!!(核爆)」

【真読】 №120「露わにして印を結ぶことを得ず」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号52 問う、印を結ぶに袈裟の下にし、あるいは衣袖の中にして手を露わさざるいわれは如何。 答えて曰く、これ印呪を重んずる義なり。もし露わにし軽くすれば、悪鬼神に碍(さえ)られて成就せ…

よこみち【真読】№117/118/119「数珠ってどうよ?」

この連載で複数の本編項目にひとつの「よこみち」ってはじめてかも。 にしても数珠に対する思い入れは強いね。そもそも巻一の№1からして数珠のことを取り上げていた。http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2015/02/10/064322巻五になると上掲の№117~119な…

【真読】 №119「数珠の功徳」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号52 数珠を造る法ならびに加持の法、『陀羅尼集経』の第二「文殊根本儀軌第十一」に出たり。この法に依って造り加持せざれば功徳少なし。深秘なれば今出さず。師に問うべし。 ○『瑜伽念珠経…

【真読】 №118「数珠の種類」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号51 『金剛頂瑜伽念珠経』に曰く、「煩悩を滅せんと欲せば、まさに数珠を持して常に身に随え、専心に諸仏の名号を繋念すべし。 しかるに数珠の多少に功徳の勝劣あり。一千八十珠を上品とす。…

【真読】 №117「数珠の起因」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号50 『木槵経』に云く、釈迦如来、中天竺摩竭陀国霊鷲山に住せし時に、難陀国の波琉璃王、使いを以て仏に言(もう)さく、「我が国は辺国にしてしかも少(ちいさ)し。頻りに兵乱し五穀貴(…

よこみち【真読】№116「俺さまファースト?」

本編「逆修」の件、もしこれが本編に添付した画像のように受戒を主題としているのであれば、その意味合いは、死後に受戒し戒名を得るよりも、生前に受戒自誓して戒名を受ける方が理にかなっている、という昨今多く云われている意見にたどり着くだろう。たし…

【真読】 №116「逆修」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号50 逆は「あらかじめ」と訓ず。あらかじめとは先だってなすことを云う詞なり。我が死後の修福を生涯に先だって修すれば逆修と名づく。『釈氏要覧』には「預修」と云う。「預」もあらかじめ…

よこみち【真読】№115「“してあげる”ことを布施と云う」

コンビニのレジなんかでよく見かけるおつりの時にでたこま銭などを入れるためにおいてあるだろう箱。「アフリカの恵まれない子どもたちへあなたの善意を」とか「いまだ困っている被災地へささやかな支援を」とか添え書きがしてある。場面は違うけれど、テレ…

【真読】 №115「生飯(さば)」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

生飯(さば)とは元(もと)これを「衆生食」と云うゆえなり。 『行持鈔』下に云く、「衆生食を出すことを明かさば、あるいは食前にもあり、あるいは食後にもあり。経論に文無し。情に随って安置す(文)」。衆生食とは、衆生は鬼子母と曠野鬼となり。 ○『涅…

よこみち【真読】№114「ガキ=子供」はもうやめよう

六道の一つを餓鬼と呼ぶのはいい。広い意味での仏教の世界観に受け容れられた餓鬼道についてはそのまま受けとめようと思うが、人の子を「ガキ」と呼ぶのは好きになれない。もっとはっきり言えばとても嫌いな言葉で、できればやめてほしいとさえ思う。 いった…

下田正弘「伝承といういとなみ‐実践仏教学の解釈学‐」 『親鸞教学』93、2009年3月

著者注「本稿はそ(引用者注:下田「生活世界の復権‐新たなる仏教学の地平へ」『宗教研究』№333、2002年)の続編をなす」 エドモンド・リーチは社会人類学の叢書の一冊において『実践宗教における弁証法』という著書を編み、そのなかでヨーロッパにおける仏…

【真読】 №114「施餓鬼」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

吾が門の徒は日々必ずこの法を修すべし。儀軌にも獲る所の福利果報校量すべからずと云へり。 ○『仏説救抜焔口餓鬼陀羅尼経』(不空訳)曰く、阿難、独り静処に居して所受の法を念ずるに、その夜三更以後に当って焔口と云う餓鬼、阿難の前に現ず。その形醜陋…

下田正弘「〈近代仏教学〉と〈仏教〉」『仏教学セミナー』73 2001年5月、大谷仏教学会

〈仏教学が仏教を変えてきた、あるいは仏教そのものを作り上げてきた〉 アジアにはさまざまの仏教徒が生活をしています。(中略)これらの仏教徒たちはそれぞれの地域や歴史に限定された特色を持ちつつも、〈仏教徒〉として共通の世界に生きている意識を持っ…

下田正弘「神仏習合という可能性‐仏教研究と近代‐」『宗教研究』81(2) 2007年9月

〈論文要旨〉神仏習合の裏面の問いとしての神仏分離には、近世から近代にかけて中央集権国家を構築した日本の歴史全体が反映する。仏教の迫害と変容の基点となった明治維新をとりまく暈繝には、権力支配の構造の変容と諸知識体系化の歴史が重なりあう。経世…

下田正弘「仏(ブッダ)とは何か」『駒澤短期大学仏教論集』第5号、1999年10月

さまざまなヴァリェーションがある仏教において、最低限の共通項は何かと問われるなら、それは「三宝の存在」であると考えられること、それだけを申しあげておきましょう。 仏宝、法宝、僧宝の「三宝に帰依をする」ことによって人々は仏教徒になっていく。時…

【真読】ちょっといっぷく(五)反省

とういうわけで本編『真俗仏事編』巻四「送終部」を読み終わり、次回からは巻五「雑記部」へと移ることになる。これまでの例にならって本文の文脈からは離れて一息つくのがこの幕間だ。 この連載やそしてその元になっているfb「仏事習俗アラカルト」でもい…

法具の密教的意義について その4

「金剛和讃」の密教的解釈については「その3」で紹介した通りである。さらに詳しい解説に及ぶことは、他宗・他流の奥義に触れることにもなるので、このような半公開的な性格を帯びたWEB上では控えておきたい。金剛界曼荼羅及び成身会については図像を利用し…

法具の密教的意義について その3

曽我部自身による「金剛和讃」の解説もあるがいささか頁数が多い、ここではやや時代を下るが、曽我部の解説趣旨を踏襲しているものとして、以下の「金剛和讃解説」(『高野山金剛流詠歌和讃の解説』高野山布教研究所編集、昭和63年初版、平成元年第三版)を…

法具の密教的意義について その2

金剛流流祖 曽我部俊雄師像 「金剛和讃」の作者・曽我部俊雄師は、金剛流御詠歌の音符・楽理(音楽的理論)・所作・指導原理の大成者と評される人で、「金剛和讃」が発表された昭和四年九月には金剛流詠監職に就任し、後には「金剛流流祖」の称号を得ている…

法具の密教的意義について その1

法具の意味づけについては、これまでしばしば問われることのあったものの、梅花流ではそれを解説するものがなかった。それは真言宗所伝の御詠歌をもとに曹洞宗梅花流が発足した際、あえて採用しなかったのではないかと考えている。そのため今日の梅花流布教…

よこみち【真読】№113「オムカエデゴンス」

来迎の場面とは多くの場合迎えられる者にとって<のぞましい>ものとして描かれることが多いというイメージがある。浄土教系の往生観念を下敷きにした来迎図のバリェーションがそれだ。もっともこのことはビジュアルとして世に出回っている媒体が多いと云う…

元政廟に詣る

たのもしなあまねきのりの光には 人の心の闇も残らじ 年来の願いであった京都深草の瑞光寺。このたび初めてお参りすることがかなった。ちょうど同じ用事で訪京していた友人Sさん夫妻とご一緒だった。 日蓮宗、元政庵瑞光寺。 思いのほか静かな住宅街にある…

【真読】 №113「火車来たり迎う」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号48 問う、重悪人死するとき、火車来たり迎うこと、世俗専らこれを談ず。本説ありや。 答う、提婆達多、逆罪を造るとき、大地自然に破れ、火車来たり迎えて生きながら地獄に入ると云へる、こ…

よこみち【真読】№112「脳をすすり、眼をくり抜き」

「ノドに血ヘド見せて狂い鳴く あわれ あわれ山の ほととぎす」 井上陽水『帰郷』のフレーズ。死者とホトトギスとが並んでいる箇所を読むとふとこのフレーズが浮かぶ。刷り込まれているんだなきっと。 『十王経』には内容の異なるものがあるが、本編で引用し…

【真読】 №112「冥途の鳥」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号47 問う、葬送の龕などに居る冥途の鳥は杜鵑(ほととぎす)の事と聞く、然るや。 答えて曰く、これ『十王経』に襤褸鳥(らんるちょう)と化し来て別都頓宜壽(ほととぎす)と鳴くと云えるを…

よこみち【真読】№111「年頭偶感」

本編の画像に貼り付けた「おそ松くん」。テレビの放映は1966年2月から1967年3月だったらしい。 その頃、それまで家族でお世話になっていた秋田市内のお寺を離れ、両親と妹の家族四人で、小さな貸家に住み始めた頃だった。おそらくその転居に合わせて白黒テレ…

【真読】 №111「六地蔵」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号47 具(つぶさ)には『谷響集』の中の如し。しかるに菩薩は普現色身三昧に入りたまへば、無辺の身を現ず。観音の三十三身の如し。今、六地蔵は六趣に普現したまうなり。 ○『元亨釈書』に曰…

よこみち【真読】№110「古い人間とお思いでしょうが」

「生まれ変わって花になる」 「自然の大きな循環の中に回帰する」 自然葬の魅力をアピールするコピーはなかなかキャッチだ。 今回の本編もまさにこうした自然葬が「上品」の葬法なのだと後押しをするような典拠になりそうだ。 実際には身肉を焼却して残った…

【真読】 №110「三葬、功徳の勝劣」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号47 土葬・火葬・水葬と云う。これを三葬と云う。 土葬は身形を全(まった)からしめんためなり。哀情の甚だしき故になす処なり。 火葬は骨を親類に分布せんためなり。これ釈迦の荼毘になら…

よこみち【真読】№109「ガチです、TORII考」

このたびのテーマ「とりい」。正面から取り組むことを逃げてばっかりの「よこみち」ではあるけれど、今回はそうもしていられない。なぜかと言うに、ある程度お里の知れるものであればこそ、ちょろりと横からくすぐる面白さもあるのだが、今回本編「華表」の…

【真読】 №109「葬場の華表(とりい)」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号47 問う、今、葬場に華表(とりい)を構えるは何の故ぞ。 答えて曰く、『古今注』に、華表を釈して「また以て衢路を表識す」と云へり。これに拠れば、元と路筋を知らしむる為に立つ。故に今…

よこみち【真読】№108「絶句」

生まれてから五歳の頃まで秋田市内の寺町通りにあるお寺で過ごした。そのお寺に県の宗務所という宗派事務局があり、父がそこの員をしていた。同時にそのお寺の法務手伝いをしており、妻を娶り、妻はお寺のまかない手伝いとして二人一緒に住み込み暮らし。そ…

【真読】 №108「寺内の葬り」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号46 寺は三宝の住所なれば、死骸を葬ること不浄の咎あらむ。 答う、律に制せざれば苦しからず。『行事鈔』下に云く、「高僧伝に多く寺中に葬する者の有り。 経律の中にまたこれ有り。『僧祇…

よこみち【真読】№107「礼塔」

金髪、ピアスで黒革の上下。金属ボタンの革ブーツ。ついありがちなキャラの型にはめたくなりそうなその若い男性が一人で墓参。先年両親を亡くした。小一時間も墓所にいただろうか。また一人帰るその姿に思うところは少なくない。 不在となった人に寄せる思い…

【真読】 №107「礼墓」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号46 『行事鈔』下に、師塚に拝すべきの問答あり。 ○『五百問』に云く、 問う「生ける時こそ師なり。死してはその師、枯骨と成る。枯骨を拝して何にかする」。 答えて云く「仏も涅槃後には枯…

よこみち【真読】№106「神国日本」

本編の末尾に云う「随方毘尼」とは、時宜に随って既定の律を融通させることを云う。「一応決まりではかくかくしかじかなんだけど、ここではケースバイケースでいいよ」ということだ。前にもこれに似たことがちょっとあったけど、日本は神国だから、という編…

十日がかりの味わい

12月3日。 豚バラかたまり肉、約1㎏を5枚購入。 2%の塩とブラックペッパー適量をなすりつけ、ローリエを貼り付けてジップロック。 空気を閉め出して密閉し、冷蔵庫に入れる。一~二日に一度、上下を返し、塩分を馴染ませる。 七日目の9日。大鍋に水…

【真読】 №106「僧の服忌」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号46 僧には服忌無しと云う俗説あり。如何。 答えて曰く、これ律に拠るか。『行事鈔』下(送終部)に云く、「比丘は須らく服を変ずべからず。常に依るを要とす」(文)。元照の『資持記』の釈…