BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №136「業報は聖者も免れず」 巻六〈雑記部之余〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号58 『増一阿含』に云く、大目連、乞食に出て梵志に囲まれ、瓦石を以て骨肉を打たるる。これ往業に依てなり。 それより還りみれば、舎利弗、風の疾いを以て先だって入滅す。三界の諸天、涙を…

よこみち【真読】 №135「ゆれる思い出」

小学校の頃、なにか不始末をやらかして「罰として一週間の便所掃除!」などと先生に叱られる・・そんな場面が記憶がある。 「罰」として成り立つということは、一般にはイヤな、耐えがたいことだからだと思うが、そんなイヤなことをさせられるのが「便所掃除…

「たましい」その1 柳田邦男『『犠牲』への手紙』(文藝春秋、1998年)

(2)「たましい」を探し求めて‐毎日新聞に答えて ‐本をまとめた原動力は柳田 河合隼雄さんが「人間は物語らないとわからないところがある」といっています。私も息子も人間存在の暗闇を見てしまったような気がします。息子を亡くした私がもう一度再生して…

【真読】 №135「厠を浄むる功徳」 巻六〈雑記部之余〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号58 『虚空蔵経』に曰く、もし懺罪の人あらんに、厠を治すること八百日すれば、よく罪咎を滅す(要覧)。雪竇(せっちょう)禅師、霊隠寺の厠を掃除する役お司りしもこれに依ってなり。義堂…

よこみち【真読】 №134「ドライとウェット」

ときどきその解説に違和感を感じる所のある『真俗仏事篇』だが、今回のテーマがそうだった。 いわく、「寄付とはあづける義にして、与ふる義にはあらず」。 これまで寄付とは布施とほぼ同意で、したがって「喜捨」ということだと思っていた。たとえば寺院に…

【真読】 №134「寄付」 巻六〈雑記部之余〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号57 今、什器など寺院に納むるを寄付と云う。按ずるに寄付の文字、『優婆塞戒経』に出たり。しかるに経の寄付の字義はあづける義にして、与ふる義にあらず。然れば今、寄付と云うは器財を寺…

高田道見と赤松月船 1

楢崎一光「第八 二十六世高田道見大和尚」『瑞応寺の今昔』仏国山瑞應寺 (第二十六世竹内方丈の)後任として迎えられたのが、高田道見方丈で、明治38年5月21日の晋山開堂でありました。高田方丈は当時四十八歳。すでに東京において大変な教化活動をしておら…

久我尚寛 「報謝御和讃」解説

私がこの御和讃を作詞しましたのは、先年山形県の余目に梅花流県奉詠大会があったとき、水島師範と共に審査員としてご招待を受け、藤島町法眼寺(百瀬師範の御自坊)に拝宿したときのことであります。 百瀬夫人と御同行の石黒夫人とが交々ご接待に出られて、…

高田道見と赤松月船

『跳龍』昭和51年4月号「心の花は咲きそろう」「三宝御和讃解説(上)」赤松月船 (前略)この三宝御和讃は、高田道見老師のお作をもととして、専門委員会の方々が手をつくして、補正の上、こういう形に完成したものであります。 今から六十年前、三宝唱歌と…

追悼

2017年11月25日 この日、管理人を失ったあるSNSアカウントが二つ。 1~3ヶ月に一度くらいは顔を合わせて食事していた。 自分よりも5歳下の女性。 舌を巻くほどに聡明でものおじせずに自分の意見をつらぬく人。 どういうわけか慕ってくれて、いつも向こうか…

よこみち【真読】 №133「親孝行、したい時には・・」

恩愛に関する話題はきっと私の中でも関心の度合いが高いのだろう。「流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者」 この言葉に関するテーマは、これまでにも両親への孝養や、本朝高僧傳史上最も孝をつくしたと伝えられる元政のことなどたびたび取り上げて…

【真読】 №133「父母を寺に養う」 巻六〈雑記部之余〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号57 僧に貧銭の父母あって寺に養はるるあり。三宝物を費やすゆえに、たとい親なりとも罪を結せんかと疑う者あり。 僧はなお孝養を知るべし。なんぞ疑はん。今『行持鈔』の説を出す、これを読…

よこみち【真読】№132「暮らしのおなやみ解決します」

日常的な仏事の疑問回答集というスタイルの『真俗仏事篇』において、今回のような話題はやや異質だった。吠える犬を制する・・。 こんなおよそ「仏事」とは遠い話題もしばしば出てくるところがこの本のおもしろいところなのだが、こんなところにオモシロサを…

【真読】 №132「吠える犬を制する法」 巻六〈雑記部之余〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号57 俗説に、狗が吠えかかる時、手を握って向かえば犬退く、これ犬を畏(おど)す術と云う。 按ずるにこれもまた秘軌より出てて俗に伝ふるか。『大元帥軌』中(十三葉)云く、「もし犬、人を…

よこみち【真読】No.131「猫を虐待する僧侶に関する件についての一考察」

www.youtube.com お寺と猫とくれば「山寺の和尚さん」がすぐに思い出される。 さて、と調べてみるとやはり探求好きな方は世に少なくないようで、たちまちあれこれの情報にネット検索は導いてくれた。 いわく、早期和製ジャズがオリジナル。 いわく、江戸期の…

【真読】 №131「猫を蓄うことを禁ず」 巻六〈雑記部之余〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号56 猫を飼うは殺生の咎(とが)をもって戒疏にこれを禁ず。密部には『蘇婆呼童子経』の中に曰く、「猫・狸・羖(ひつじ)・羊を蓄うことなかれ、(乃至)かくの如くの人今世・後世に真言を…

よこみち【真読】№130「ガラスのごとき・・・」

「お坊さんって、女性恐怖症じゃない?」 と、誰かからはっきり聞いたわけでもないし、そんな文章を読んだという定かな記憶があるわけではないが、でも誰かがきっとしゃべっていそうな気がする。少なくとも今回の本編のような文章に触れると自分などはそうい…

【真読】 №130「霊場に女人を禁ず」 巻六〈雑記部之余〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号56 問う、「霊場に女人を禁ずるところ多し。その謂い、如何」。 答えて云く、「密院には殊に女人を禁ずべし。吾が祖の遺誡にも〈僧房に女人を入るるを禁ずべし〉の一條あり。女人の容色を視…

よこみち【真読】№129「ストイックさの彼岸」

『真俗仏事編』を読んできて思う一つに、編者子登の現実を見る目が寛容的だということがある。以前、在家の斎会に酒を勧められたらどうする、という話題を扱ったことがあったが、その時にもそう感じた。http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2016/01/15/08…

【真読】 №129「蚕衣ならびに金襴衣」 巻六〈雑記部之余〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

字書に蚕は蠶と通用す。 問う、律に拠れば布の袈裟を如法とす。蚕衣の袈裟を用ふるは非法なるか。 答て曰く、道宣律師は蚕衣を制したまい、義浄三蔵は蚕衣を大乗の了義なりとして開したまう。今略してこれを弁ぜん。 南山道宣律師、天人に蚕衣を如法なるかと…

よこみち【真読】№128 大きな声では言えないが、小さな声では聞こえない

人さし指を口に当てる、このポーズ、「静かにして」という意味とともに、「内緒にして」という意味をも表す。本編では前者のつもりでつかったので、よこみちでは後者といこう。 その1 まだスマホなど出回る以前の頃、携帯電話の着信音をおもしろ半分に笑点…

【真読】 №128「念誦の音声」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号54 真言を唱ふるに音を出すも出さざるも各々その効能あり。『阿噌力経』(二十一葉)に曰く、「但し心に誦して音を出さざれば、よく一切の前身の中の所作の一切の悪業罪障を滅す。声を出し…

よこみち【真読】№127「勧進帳」

同じ業界の方たちなら今回の本編、誰しもが身に憶えのあることだろう。暗記していたはずの経文が出てこない。後ろにいる檀信徒の不審がる気配がびんびん伝わる。とっさに経の出だしからやり直すが、やはり途切れたところまで来るとその先が出てこない。仕方…

【真読】 №127「経を置いて忘れに備う」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号54 経を読むに、たとひ諳んずるとも本を看るべし。恐らくは文字を失(あやま)り、あるいは忘れあらんかと。『瞿醘経』下の三葉に見たり。

よこみち【真読】№126「無間と無限」

本編の「無間一切時」という言葉だが、その語彙も文脈上の意味も「間断することのないあらゆる時間」をさす。無間地獄という場合もこれと同じだ。寸刻も休むひまのない地獄。だが無間地獄と聞いて「無限に続く地獄」と受けとめてしまう人も少なくはないだろ…

【真読】 №126「勤行の時」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

問う、仏前に看経勤行すること、世俗には朝夕の二時に限ると思えり。 答えて曰く、必ずしも二時に局(かぎ)らず。『時處軌』に曰く、四時(晨・午・昏・夜半)、三時(晨・午・昏)、二時(晨・午)、一時(暇を得るに随う)、無間一切時(行住坐臥に修する…

よこみち【真読】№125「五体投地」

祖父の真前にお参りをしたいと、生前親交のあったご老師がお見えになった。黒衣に木蘭色のお袈裟に改められたご老師を、開山堂に並んでいる歴代住職の位牌の前にご案内した。ご老師はおもむろに礼拝をし始めた。座具を展べて両膝を着き、両手を仰向けて床に…

【真読】 №125「礼拝」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号54 仏を礼するに三拝をなさしむるは『智度論』に曰く、三毒を滅し、三宝を敬い、三身を求め、三界をなす等と(『義楚六帖』)。 ○『増一阿含経』に礼拝の五功徳を説きたまえり。 一には、端…

よこみち【真読】№124「聖なる場所」

「道場」という言葉が「聖道を証する所」にもとづく言葉だと知ったのはこの本編が初めてだった。それより先に「剣道場」や「空手道場」などの用語に慣れていたのでごく一般的に、武道をならう施設、という解釈をしていた。本編の引く『西域記』がオリジナル…

【真読】 №124「道場」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号53 仏の在(いま)す處を道場と云うは、『西域記』第八に曰く、賢劫の千仏、金剛座に座し金剛定に入りたまう。聖道を証する所なればまた道場という。 ○按ずるに、秘軌の中には本尊の在す所…