BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】№105「九想図」

死の忌みに関する禁忌。今日、ほとんどの場合これは前近代的なこととして、具体的に取り扱うべき問題とするテーブルからは退けられる。文字通りタブーになっている。今回本編の主題となっている「死(屍)の穢れ」のことだ。 いわく、「これまで親しく過ごし…

【真読】 №105「服忌」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号46 問う、喪服の者を忌み、穢火を忌むは何故ぞ。 答えて曰く、『貞観政要格式』に曰く、「昔より吾が朝は神国にして重服・血気を忌む。故に土葬、野葬を法と為す(已上)」。重服・血気とは…

よこみち【真読】№104「我が身は親の形見」

惜しからぬ身ぞ惜しまるるたらちねの 親ののこせる形見と思へば 僧、日政(1623~1668)。 日本仏僧史上、最も親、就中母親に孝養を尽くした一人として知られる。 もと彦根藩主井伊家に仕え、後、日蓮宗に出家し、元政の名を日政に改める。 仏教学はもとより…

【真読】 №104「形見の衣」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号45 亡者形見の衣を律には唱衣と称(なづ)く(唱衣の義、下の『十誦律』を以て知るべし)。僧、死してその衣を衆僧に分かち与うに、多人には等分に別け難し。このゆえに仏、大衆を集めてこ…

よこみち【真読】№103「なんのため?」

「一重積んでは父のため、二重積んでは母のため、三重積んでは・・」。 賽の河原に子ども達が積み上げる石の塔。娑婆に残った父母への供養塔だとか。だから亡き人を思って石を積むのは賽の河原伝承に由来する・・。ほんとうだろうか。 亡き妻との約束を果た…

【真読】 №103「石塔」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号45 墓石の本説は『西域記』に云く、「表を立つ」と。 『寄帰伝』に云く「作倶攞はみな塼石を畳んでこれと為す。形、小塔の如し。上に輪無し。けだししばらく塔を立てるに三の意あり。一には…

「長岡昭臣」師を訪ねて

10月26日。長井駅前・和泉屋の一室で目覚めた朝、窓から青空がのぞく。昨日過ごした東京の空気よりも温かい山形県長井市。今回の引き合わせをしてくれた同市の小野卓也さんが宿に迎えに来てくれた。 小野さんの車でほど近い真言宗・摂取院に着く。豊山派に属…

よこみち【真読】№102「MOTTAINAI」

恐縮ながら楽屋オチの話である。 卒塔婆の書き損じということがある。 卒塔婆を使う頻度にもよると思うがおそらくどちらのお寺でも数の多寡は別にしてそれなりの本数が生じると思う。 ごく一般には表書き、裏書きの両面に墨書することが多いはずだ。表書きの…

【真読】 №102「率都婆(そとば)」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号44 五輪の塔婆はこれ大日如来の三摩耶形なるがゆえに、麤(あら)く刻める小卒都婆なりとも如来法身の法界塔婆なり。または法界体性の標幟とす。彼の弥勒慈尊五輪塔を持したまうも、衆生所…

よこみち【真読】№101「よりどりみどり」

a 一書に曰く、「死亡した以上は成仏していただかねばならない。そのための中陰供養である。そして満中陰をもって成仏した、ホトケ、先祖霊となったので、これはなくなったことは兎も角としてお祝い慶事である。そこで数ある食物の中で、一番ありがたい美味…

【真読】 №101「四十九の餅」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号45 七七日に四十九の餅を営むことこれ本朝の風俗にして由来久し。然れども起こり分明ならず。 『福田纂要』に曰く、「四十九の餅は、人間四十八の大骨・五体・五輪を表す」と云へり。謂く、…

よこみち【真読】№100「セブンの誘惑」

本編「七七日の追福」について、追福とは「福分の追加」。これについては「廻向」の項で触れた。 http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2016/01/08/094022 ここでは「七七」について。 七×七=四十九というわけで、「累七」という言い方もあるが、古今東西…

【真読】 №100「七七日の追福」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号44 七七日の斎を営み追薦する所以を問う。 答えて曰く、これを累七と云い、または斎七と名づけて最も勉むべき事なり。およそ命終する、すなわち中有の身(人身に似て識を伝う、これを中有と…

よこみち【真読】№99「つじつまの合わない話」

仏教の、それも現場で行われている仏事習俗を仏教の教説でどう説明しているかということをちょっと勉強した人であればよくおわかりのことと思うが、つじつまの合わないことなんてゴマンとある。そのちょっとも勉強していない人の中には、そんなつじつまの合…

【真読】 №99「死後三日の斎」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号43 問う、死後三日に僧を請し斎を設くること、世俗、「しあげの法事」と云う。これ三日に限る謂われありや。 答えて曰く、『要覧』に「見王斎」と称(なづ)けて死後三日に勉むる事迹これあ…

よこみち【真読】№98「骨まで愛して」

聞いた話である。秋田出身の人間がO府にて亡くなった。同地のとある火葬場に会葬した秋田の親戚が驚いたという。骨上げまでのだんどりはおおむね一緒だが、お骨を入れる容器がかなり小さい。秋田の一般的なサイズのほぼ三分の一という。大きめのリンゴがちょ…

【真読】 №98「灰寄せ」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

骨あげのことですね、あっ! すいません画像間違えました。 こっちでした。 テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号43 火葬には灰寄せあるべし。古より伝う、これ世尊の荼毘の遺意なり。涅槃し雙林には七日にして薪尽きるが故に、…

よこみち【真読】№97「弔問のお作法」

本編にて「行て弔う法、ならびに弔いを受ける法、『行事鈔』に見えたり」とあった。この『行事鈔』とは『四分律行事鈔』と言い、中国僧・道宣(596-667)の手によるもの。『四分律』とは上座部に伝えられた戒律書で、中国・日本に大きな影響を与えたと言われ…

【真読】 №97「行(ゆ)いて弔(とむら)う」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

釈氏の喪に奔(はし)る(弔を云う)は、大迦葉を始めとす。仏、入涅槃し已(おわっ)て七日、迦葉、徒を領して双林に至る。仏、金棺より双足を出してこれに示す。○行て弔う法、ならびに弔いを受ける法、『行事鈔』に見えたり。

よこみち【真読】№96「騒々しい葬列」

門火と聞くと家の戸口で焚く迎え火、送り火のことをつい連想する。30年ほど前、川崎市内のお寺でお盆の棚経手伝いでお檀家さんに伺うと、玄関先に金物の菓子箱の中に小さな木ぎれを入れて火を焚いていたのを憶えている。本編もそれのことかと思って読み始め…

【真読】 №96「門火(かどび)」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号43 これもまた漢土の風俗なり。 『顔氏家訓』に曰く、「喪、出づるの日、門前に火を燃(た)く」と。○『周礼』に曰く、「喪に門燎(かどび)を設く」。○喪、出る時、門火を燃(た)くこと、…

よこみち【真読】№95「人生は・・終わっても旅」

もとは夜暗くなってから墓穴に入れてやる冥銭であったものが、いつの頃から「六道」の名を与えられたのだろう。 ふつうに考えれば、死後、次生の可能性として想定される、天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六道にかかわりあろうと思うが、本編ではそれに…

【真読】 №95「六道銭」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

これもと漢土の俗法に習うものなり。漢には昏寓銭(こんぐうせん)と名づく。亡者の路用に備うるこころにて吾が俗、六道銭と云う。○『事物紀原』に曰く、「漢、葬る者に昏寓銭あり。昏晩に銭を壙中(つかあな)に埋め、死者の用になす」。

よこみち【真読】№94「マントラコーティング」

『真俗仏事編』の編者・子登は真言系の宗教者だと推定している。それを思えば、本編№94で経衣に書く経文を、「今日びは法華経や阿弥陀経なんかの経文を書いているふうもあるようだが、本来はきちっと真言陀羅尼でなきゃあかん」と言っていることも由あること…

【真読】 №94「経衣(きょうかたびら)」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号41 問う、あるひとの曰く、「亡者に経衣(きょうかたびら)を着せるはかえって亡者に咎(とが)を与えるなり。その故は経巻を焼く罪、並びに不浄に触れる失(とが)、経律に見たり。ゆえに…

ひよっこファーマー,2016 その2 秋じたく

8月のお盆を過ぎて畑も秋仕様に変えてゆく。 ジャガイモの畝三本の後に、二本分を合わせ80センチ畝にしてキャベツ苗10本とレタス苗2種各3本(計6本)を混植。残り1本は60センチ畝にして側溝し立てに作りブロッコリー10本を植える。 どちらにも防虫ネット。二…

ひよっこファーマー,2016 その1

昨年足を故障して「もう畑はやらない」と言った母の言葉を受けて「じゃちょっとだけやってみようか」と少しの野菜を植えた。で、はまる。今春、昨年は3分の1程度しか使っていなかった敷地(借り物)を鍬ですべて耕し14本の畝を立てる(後に2本追加)。…

よこみち【真読】№93「お水が好き?」

え~、まいどばかばかしいところをお一つ。 しかし仏様ってのはよっぽどお水がお好きなんですねえ。 どうしたい熊さんのおかみさん。仏様がお水をお好きってのは。 ご隠居さん、だってその通りでしょ。毎朝ご仏壇にコップで一杯。お膳を上げるに時も小さなお…

【真読】 №93「亡者に水を供す」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号41 問う、亡者には先ず水を供養するは如何。 答えて曰く、冥道の衆生は心地乾くものなり。ゆえに水を供養するを要とす。今、亡霊心地かはくといえども、法水をもって湿(うるお)すゆえに菩…

よこみち【真読】№92 「くやしい思ひ出」

今から二十五年前のことになる。 ある女性の檀信徒がお寺へやって来た。一ヶ月ほど前にご主人の葬儀を終えたばかり。年頃は40代の前半。浮かない表情をしていた。いわく、「じつは先月の葬式の後、ずっと体の調子悪いんです。そして家族の中でもあまりよくな…

【真読】 №92「血脈を棺に入るること」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号41 問う、僧は印信を棺に入れ、俗は血脈などを棺に納む。これ焚焼経巻の咎(とが)ならずや。 答えて曰く、罪は悪心より生ず。今、印信を帯し、血脈を持するは、滅罪生善のためなれば過(と…

よこみち【真読】№91「Our Favorite Things」

〈生者によるイメージの投影〉 まだまだその正体定かならぬものではあるけど、多分にこうした性格を負っている〈霊〉たちには、生者さながらのモード(流行)というものがあるようだ。 近頃は正木晃が文章にしているけど、次に挙げるような言い方はじつはわ…

【真読】 №91「角(すみ)帽子」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号41 亡者の角帽子を問う。 答えて曰く、これ『増輝記』に載せる所、頭巾の類なるべし。あるいは布帽(ふぼう)と云う。吾が俗、もとより簡略にしたがい縫うものか。あるいは宝冠に象(かたど…

よこみち【真読】№90「臨死小景」

このたびの本編№90「葬送の幡」についての記述、不思議な思いを抱いて読んだ。この手の項目であれば他の類書であれば、幡に書す文言(「諸行無常・諸法無我・生滅々已・寂滅為楽」など)の説明を充てるのが常套手段なのだが、『真俗仏事編』の記述は、すこぶ…

【真読】 №90「葬送の幡」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

問う、「葬送の時、必ず白紙の幡あるいは素絹(しろきぬ)の幡を用うるは何の故ぞ」。 答えて曰く、「蓋(がい)を捧げ幡を擎(ささ)ぐ。先ずは荘厳の具と見えたり。もし得益を尋ねば、『釈氏要覧』に云く、“七七の斎日には、僧を招いて白紙の幡を剪(き)…

よこみち【真読】№89「慎終追遠」

『論語』に「慎終追遠」という言葉がある。 孔子の弟子の一人、曽子の言葉として出てくる。 「終わりを慎み、遠きを追えば、民の徳、厚きに帰す」。 新釈漢文大系版から吉田賢抗の訳と註を引いてみる。 上に立つ人が、人生の終わりである死をおろそかにせず…

【真読】№89「父母の棺を舁(か)く」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

今の俗、父母の棺を荷う、これ仏勅なり。『浄飯王般泥洹経(じょうぼんおうはつないおんきょう)』に曰く、「浄飯王、命終したまう時、七宝の棺を作る。その時、阿難、羅睺羅(らごら)と棺の後に立ち、仏と難陀(なんだ)と前に在り。仏、言わく“もし当来の…

よこみち【真読】№88「お葬式に僧侶は必要か?」

昨今よく話題になるところだ。識者の皆さんもさまざまにお考えのあるところだろう。ひとまず私の考えを読んでいただいた後で、どんどん突っ込んでいただければありがたい。 まずは一つ前の本編№87「葬法」とその「よこみち」を覧ていただければおわかりのよ…

【真読】№88「僧を請して引導す」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号40 『毗那耶律(びなやりつ)』に云く、「送葬の苾蒭、よくする者をして無常経並びに伽陀を誦せしめ、それがために呪願せしむべし」。 ○『浄飯王般泥洹経(じょうぼんおうはつないおんきょ…

よこみち【真読】№87「どうしよう、死んじゃった・・・」

別に殺人事件の話ではない。問題なのは遺体処理なのである。 本編№87で四種の葬儀法を挙げているが、ここで問題になっているのは死後の魂をどうしようとか、成仏あるいは成神(こんな表現があればだが)の儀礼的手続きはいかにすべきだとかの問題ではない。…

【真読】№87「葬法」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号40 天竺に四種の葬法あり。 一には、水葬。謂く、江河に投げて魚鱉(ぎょべつ)を飼(か)う。 二には、火葬。謂く、薪を積てこれを焚く。これを荼毗(だび)とも、闍維(じゃい)とも云う…

【真読】ちょっといっぷく(四)『真俗仏事編』と曹洞宗の年忌葬祭説

さて本編№86で『真俗仏事編』巻三「祭霊部」が終わった。次回からは巻四「送終部」が始まるが、これまでにならって一巻の区切り、その幕間に「ちょっといっぷく」しよう。ここでは本文の内容から離れて『真俗仏事編』をいろんな方向から見ようと試みてきた。…

よこみち【真読】№86「ロクブさま来た!」

「昔はこのあたりもよくロクブさま来たもんだ」。 親の世代の話である。このあたりとは当地、秋田県北部。このロクブさまが、廻国六十六部納経の巡礼者のことと知ったのはずっと後になってからである。私自身は実際に見たことや出会ったことはない。子どもの…

【真読】№86「廻国納経」 巻三〈苦行部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号39 六十六部の納経の人、今の世はなはだ盛んなり。これ北条時政前生納経の事より起これり。 ○『太平記』第五に曰く、「昔、鎌倉草創の始め、北條の四郎時政、榎嶋(江ノ島)に参籠して、子…

よこみち【真読】№85「山の力」

今ではこういうステレオタイプな見方はもう古いのかもしれないけど・・ 成立宗教と自然宗教、みたいな対比が話題になることがある。前者は哲学的だったり論理的だったり、後者はアニミスティックだったりと。こんなふうに両者を対照的に捉える考え方ってけっ…

【真読】 №85「行者の山籠もり」 巻三〈苦行部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号39 真言行者、好んで山に籠もるものを、人皆な身心を懲らすの備えと思えども、必ずしも然らず。およそ真言行者は、先ず作檀(壇カ)の地を択ぶべし。良地なれば法成就す。秘軌の中に『択地…

よこみち【真読】№84「身を焦がす想い」

前に焼身を話題にした折、かつて当地(秋田県北部)であった焼身供養の記録をいつかご紹介すると約束したが、 http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2016/02/28/210106 今回はそれを果たそうと思う。 画像に挙げた資料がそれだ。 これは秋田県北秋田市内の…

【真読】 №84「捨身」 巻三〈苦行部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号39 問う、「今の世にも身を水火の中に投げる者あり。これ外道の法ならずや」 答えて曰く、「これに取捨あり。必ず捨身の正邪を知るべし。かの婆羅門の提謂女(だいいにょ)に教えければ外道…

よこみち【真読】№83「スプラッタスプラッタ」

いやはや、この度の本編 №83に登場する愛法梵志のエピソード。すさまじいですね。 あるバラモンにこう命じられた。 「お前の皮を剥いで紙とし、流れ出た血を墨とし、骨を筆として、これから俺の言う聖なる教えの偈文を記すなら、その偈を教えてやろう」 で、…

【真読】 №83「経を血書す」巻〈苦行部〉(『和漢真俗仏事編』読書会)

webテキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号38 『智度論』十六に云く、「愛法梵志(あいほうぼんじ)、十二年閻浮提(えんぶだい)を遍歴して、聖法を知らんことを求むれども得ず。この時、世に仏法無かりし時なり。 しかるにひと…