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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

末木文美士「『無名集』『隠語集』解題」『真福寺善本叢刊』第三巻、阿部泰郎・山崎誠編集責任 2006.11(臨川書店)

 はじめに

 真福寺より発見された新資料は「これまでの栄西像を大きく書き換える可能性が出てきた」。

 一、『無名集』

 略

 

 二、『隠語集』

 

 縦 17.8cm 横 15.8cm 全二十二丁

 表紙「隠語集 未再治」

 内題「隠語集序 栄西記」

 

 栄西真作の根拠

 1 「未再治」とされる本写本に対し再治本が現存する 大東急記念文庫所蔵

 2 栄西の別著『菩提心論口決』への言及がある 

 

 本書の成立事情

 (序文)背振の中山に琳海という僧侶がおり、その僧が教えを請うたのに対して書き送ったもの。

 「皆師伝なり。若し師授なきは、則ち私の字を置くのみ」

 「師」とはだれか。伯耆大山の基好の「可能性が高い」(末木)

 

 内容 四つの問答+「秘宗隠語口決」

 第一問答「両部の理智冥合如何」→ 男女の和合から説明

 第二問答(第一の答えは意密に約したものだが)「もし身・口密に約せば如何」→ 金・胎両部の印相と真言を明かす

 第三問答(第二の真言は)「智法身の真言なり。なんぞ冥合の真言となさむ」→ 真言は舌・顎・歯・喉・唇が合して声が出るのであり、顎と歯は骨(智)、舌と唇は肉(理)、喉は和合能出の源であるから、理智冥合して真言を涌出することになる。

 第四問答「何ぞ別してこの真言に限る」→ 「理を尽くすべからず。唯し勝に従て而も説くのみ」、さらに「私云」として、男女の相加持によって子供が生まれるさまに喩えて、理智冥合の能加持から所加持への展開を具体的に示している。

 秘宗隠語口決 阿字本不生の問題から、真言宗における隠語の重要性を説くが、文章として未完のようす。(未再治本)

 

 本書の位置づけ

 「男女の交合は後に立川流において展開するが。本書はそのような傾向を示す最初の文献ということができる。しかし、本書はあくまでそれを比喩として用いているのであり、男女の交合自体を認めているのわけではない。その点で後の立川流とは一線を画している。基好が中央の比叡山ではなく、伯耆大山を中心に活動したこと、大山は修験系の山として知られることを考えると、このような発想は修験系の密教と関係があるのはないかと推測される」

 

 「しばしば、栄西は禅密融合と考えられ、特に近年の研究ではこの面が注目されているが」「栄西は単純に禅密融合というよりも、第二回入唐以前の密教期から、それ以後の禅を中心とした日本仏教復興運動の時期へという変化として見るべきである。

 では、密教期とそれ以前の時期とは全く断絶して、問題意識の連続はないのであろうか。ここで、密教期において栄西が師資相承の伝授を重視していたことが注目される。栄西にとって、正しい仏教をどのように受け継いでいくかということが最大の問題であったと思われる。そこから、第二回入宋までは密教の伝授を得、それに基づいて邪説を批判するということに精力が集中された。第二回の入宋は、それだけで満足できず、天竺に渡って真正の仏教を学びたいということが目的であったが、宋の禅宗釈尊以来の仏法が伝えられ、清規に基づいた厳しい修行場なされていることを知るに及んで、それを学んだと考えられる。したがって、正しく伝授された仏教を受け継ぎ、それを広めようという志において一貫していたと考えられるのである。

 このように、真福寺発見の栄西著作は、第一回入宋以後、第二回入宋までの栄西密教の思想と活動を明らかにし、それとの対比で、第二回入宋以後の栄西の活動をも照らし出すのに、大きく資するものということができよう」

 

栄西の思想形成の過程に視点。

▲「男女和合」のルーツを伯耆大山修験道に求めようとしているがどうか?