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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

高階瓏仙「告諭」 佐々木泰翁「平和条約の発行」 『曹洞宗報』昭和27年5月号 195205

ときには毎日一本

昭和27年4月 佐々木泰翁内局成立

これ以後、佐々木総長の下、曹洞宗教団は民主化。平和主義、正法敷衍の路線を積極的にてんかいする。

 

第205号
昭和27年5月号

告報
 国民待望の平和条約はその効力を生じ、茲に吾が日本がその主権を回復して独立するに至りしは、衲の頗る欣快とするところにして、吾が宗門の道俗亦斉しく之を慶賀するところならん。殊にその日恰かも、高祖大師七百回大遠忌正当法要の日なり。正に仏意の甚深なるを思い感慨一入なるを覚ゆ。
 然りといえども、国民にして自主の気魄を欠き独往の志気を失わんか、国家の独立は之を全うし得ず、祖国の再建豈に期し得べけんや。乃ち政治に経済に国家十全の施策を要するは言を俟たずと雖も、就中民心を振作し、道義を粛正するに非ざれば、如何でか国際場裡に列国と見え、世界の諸民族の信頼を博し得んや。況んや、内外の世局は危機を孕み、其の前途極めて多難なるをや。衲の憂うるところ実に茲に在り。
 然れば即ち宜しく国風の伝統に鑑み、世界の思潮に顧み、固陋に泥まず、危激に走らず、良識に従い信念に立ちて、相互に人格を敬愛し、相俱に道義を実践し以て文化社会を成就し、大和世界を活現せざるべからず。而してここに、内精神的、文化的独立成り、外世界の文運に貢献するを得ん。是れ仏教の中道思想の教ゆるところ、又両祖慈訓の示し給う精神に外ならざるべし。
 冀くは、闔宗の緇素、日本国民としての自覚を深め、両祖の児孫としての面目を新たにし、以つて祖国の独立を達成し、その使命を果遂せんことを望む。是れ即ち仏恩に報い奉る所以にして、又祖国に竭す方途たらん。
 更にこの時に当たり、又平和日本建設の礎として祖国に殉じたる戦争犠牲者を念うや切なり。須く懇ろにその英魂を弔い、其の遺族を慰めざるべからず。
至祷至嘱
 昭和二十七年五月一日
曹洞宗管長 高階瓏仙
宗務総長 佐々木泰翁
総務局長 本多喜禅
教学局長 金剛秀一

平和条約の発効
宗務総長 佐々木泰翁

 終戦以来六年八ヶ月の久しい間、我が日本は連合国軍の占領下に置かれ、従って凡ゆる部面に亘って種々の制約を受け、言いしれぬ重圧を感ぜざるを得なかったが、国民は辛苦自主克くこれに耐え、為に彼我の関係も比較的円滑に運ばれ、相互の信頼が意外に増進したことは、日本及び日本国民にとって倖いであったと言わねばならぬ。尤もその反面私どもは、何時までも占領下に在ることは、国民の自尊心もこれを許さず、更に国民をして無気力可せしめる惧れがあり、その推移するところ、日本と日本国民の前途に対して、将来回復すべからざる一代禍根を胎すものとして深く憂えざるを得なかった。
 然る処、昨年九月サンフランシスコ会議で締結された平和条約が去る四月二十八日を期して、その効力が発生し、日本が主権を回復して独立を実現し、外再び国際場裡に登場し、政治上、経済上列国と対等に修交関係を進め、内行政を初め、各分野に亘り全て自主的に処理し得るに至ったことは、寔に悦びに堪えない。勿論、日米安保条約に拠り米軍が駐留するなど軍事上その他猶お若干の点に関して、未だ完全独立と言い得ない点もあるが、これは日本の現実と世界の情勢から已むを得ないところである。併し乍ら、如何に平和条約が発効しても、それだけでは真の独立とは言い得ない。国民が自主尊重の気風に燃え、独立国家としての自覚に生き、更に漸次自己の力で国家を防衛し得るに至って、初めて真の独立が成就される。否な、国民の道義を昂揚し、文化を開展し、平和思潮に徹底し、民主政治を確立してこそ、文化国家、平和民族として列国に伍し、その尊厳と信頼とを博することが出来る。然らざる限り、それは独立の形骸のみで、その実質は伴わない。況や、独立を回復したとは言え、国際的には未講話国との関係、修交国との通商貿易上の問題、その他賠償の問題が存し、国内的には経済的にも、思想的にも、延いて政治的にも、現実には難問題が累積して居り、その行く手には暗澹たるものが感ぜられる。従って、この際日本が直に国際場往年の地位を占め得るものでもなければ、又国民生活が直に好転するものでも無い。この点を恣に錯覚し、徒に楽観したならば、重大なる間違いを起し、深刻なる失望に陥るであろう。故に、国民は内外の諸情勢を徹見し、覚悟を新たにして、刻苦勤勉難関を打破して国力を培養し、祖国の再建設に邁進しなければならぬ。これ現世代における我々の役割であり、又後昏子孫への責務であると信ずる。斯くて、行く手の暗雲も払拭され、晴朗なる光明を見出し得ることを疑わない。
 この意味に於て、職を国民教化に置く者は、国民の気風を振作し、殊に長年の占領下自ら他力依存に堕し、安逸享楽に走った民心を粛正し、社会を浄化することに努め、更に祖国を今日の悲境に陥らしめたところの固陋なる超国家主義の復活を抑制するとともに、その健全なる再建設を妨げるところの危激なる暴力主義の横行を防止する為に、国民の各級各層をして正法の中道思想に依らしめ、禅的精神に生きるよう慎重なる考慮のもとに、真剣に教化に当たらねばならぬ。
 抑々、人間の尊厳性を強調し、その自由と平和とを確保せんとする民主主義的精神は、自己実現、自己完成をその基調とするけれども、所詮我欲我執的自己を否定しうるものでは無い。従って、この我性を脱却し得ぬところに、世界の対立が在り、人類の不安が存する。事実、人間の自由と幸福とを希求し、世界の平和を念願しながら常に自己不安の焦燥を免れず、戦争の驚異を脱し得ない。これを((ママ))真実の平和がこの地上に容易に訪れない所以である。それ故、斯かる我性を超脱し、本来の面目を現前せしめねばならぬ。如何に政治的に、経済的に再建設されても、その内に居るところの国民にして依然我欲我執に囚われている限り、本当の再建設は不可能であり、真実の平和は当来せず、理想的民主社会は実現されない。茲に日本を再建設し、延いて世界の文明に貢献するために、正法中の正法たる禅に拠る国民の教養を昂める必要があり、延いて我が宗教職者の任務がある。
 更にこの際に於ける一大関心事は戦争犠牲者に就てである。仮令、太平洋戦争の名分に疑義があり、敗北に終わったにせよ、多くの将兵は祖国の運命に殉じた者であり、銃後の戦災横死者亦同様であることは否定されない。況や、今日にしてこれを顧みるとき、これ等の犠牲者は祖国の平和的礎となったことは明瞭である。然らばこれを慰霊追悼し、その遺族を援護激励することは、国家の義務であり、同胞の責務である。それ故に各自院教師等にこの点に関する最善適切なる努力を期待して已まない。
 尚お這般恩赦が実施されたが、これ亦折角この恩典に浴した者をして、これを無意義ならしめないよう、その更正再出発に、仏心者大慈悲心是也を反映せしめ、大死即大活せしめることに、懇切周到なる配慮を煩わしたいと切望する。
 これを要するに、独立を機会に、国民の心機を一転せしめ、祖国、再建設、否な新出発をして遺憾無からしめるよう、全国民の協力一致奮起を希うとともに、これを指導し促進すべき使命を有つ寺院住職の蹶起を望む次第である。斯くて、正法の顕揚に依る祖国の興隆を図り、世界の平和と人類の福祉に寄与せんとするものである。

大盛況裡に円成せられた永平寺の高祖大師七百回大遠忌

 去る四月十六日より一ヶ月に亘って厳修せられた大本山永平寺の高祖大師七百回大遠忌は全国宗門僧侶及び檀信徒のまごころより成る奉賛と一山大衆の寝食を忘れた精進とによって去る五月六日古今未曾有の大盛況裡に無事円成した。この間五十有余万の善男善女が遠く北米、ハワイを始め全国各地より上山し祖山の厳粛なる法要に参拝して今更乍ら高祖大師の御徳の偉大なるに打たれ深い感銘と感激にひたった。
 この間特に駒大学生九十余名よりなる祖参奉仕団と数百名にのぼる洞門尼僧団の誠意の奉仕は参拝の人々に多大の感激と感銘を与え幾多の美談を伝えて居ることは特筆さるべき事である。