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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

玄楼奥龍「第四龍満寺分」抄『蓮蔵海五部録』巻三&『道用桑偈』


『蓮蔵海五分録』巻三

第四龍満寺分

龍満寺は但州二方郡諸寄村に属す。山を諸谷と号す。明和四年(一七六七)丁亥二月二十八日を以て進山す。時に四十八歳なり。

 結冬示衆

吾が此の所在は、北海の辺隅、千山萬壑之を三面に帯たり。世間の消息、濫りに通ぜず、浮遊の賓客終に窺うこと無し。只海上波濤の聲のみ有て十萬の雷霆昼夜に闘ふ。諸人者、遠渉易からず。此に来て錫を掛く。又是希有難遇の事なり。況んや人人英気の壮んなるを見て、箇箇道念の深きことを知る。鴻毛び風に随いて東西するに同じからず。実に是れ仏子のせき賾を探て去就する者なり。宗門、遠大の頼み有り。老懐豈に歓喜の至りに耐えんや。冀う所は深く先聖の心術を模索して、親しく逸群の法器を円成せんことを。(後略)

僧堂裏に無頼の僧徒四五箇、常住の豉醤を偸む者有り。典座、偶之を見て問ふ。偽て「在家に就いて求め得たり」と曰ふ。座、私かに其の家に至て問て偽りなることを知て曰く、「再びすること莫れ」と。僧徒、尚偽て止まず。しかのみならず侍者寮に就いて、訴えて曰く、「願わくは、方丈の点検を蒙らん」と稟うす。師、夜間を待て独参せしむ。一僧、出て拝す。師、竹篦を拈じて曰く、「喚で竹篦と作すこと莫れ、喚で甚麽とか作さん」。僧、擬議す。師、便ち打つこと一篦して去らしむ。次に一僧、出て又拝す。師、前の如く拶す。此の僧、亦た擬議す。師、打つこと一篦して去らしむ。五僧、此の如く点検し畢て、豉醤の事は毫も問はず。鐘を鳴らして衆を殿上に鳩め、中に就いて五僧を喚び出して責めて曰く、「汝が輩、最初、生死事大の為に随侍を願ふと道へり。故に許して掛搭せしむ。然るに、生死の岸頭の事に於いては、則ち夢にも未だ曾て会せず。甚麽の暇に有てか、他の閑事の為に、無益の諍論を作し、濫りに光陰を送るや。我が這裏、汝が輩を養う底の閑飯有ること無し。速やかに下山し去れ」と。五僧、懺謝を願う。便ち懺謝せしむ。即刻従りして、始めて切心打坐すること七日。


 但州谷といふ村に病に依て動くことあたはず、常に床についてふしくらしける者あり、一日その母余寒の節なれば、枕の側に火鉢をよせをき隣家へ行けるに、その火臥具につき身をやき、終に是に依て死す

たらちめは かかるなさけを子のために あだとなれとはおもはざりけん

 同国諸寄村に山に行きて木をきるものあり、その木にうたれて即時にうせ侍る

しづのおや をのがきる木にかたきとて ただ一うちにうちぞはたさる

 同じ村に薪こりに出て、山よりころび落ちて即時に死するものあり

たきぎこる 山より落ちてその儘に かれ野のすえの 煙とぞなる

 同じ村に砥石を売って家業とするものあり、一日砥石山くずれかかり、これがために打たれて死す

こしかたはうらまでとれる砥石にて けふはわが身の おはりをぞとぐ

 同じ村に竹といふものあり、蘆屋坂にて雪頽にをし埋められて 即時に死す

呉竹や うき世の夢の路たへて つもれる雪の下をれとなる

 同じ村の山の麓に諸人土とりて洞となるところあり、ある人壁ぬらんとて土とりにまかりけるに、うへの方より俄に崩れかかりける土にをし埋められて即時に死す

おもひきや 壁ぬるはにのすさとなり またとこの世にこまひものとは

 同じ村にある人隣家の気を失ふものをよび戻し、よみがへらしめけるが、をのれ即時に身まかりけると聞いて

をのが身の うへとはしらではかなくも 人のいのちを歎きけらしな

 同

よび戻す人にかはりてをのが身は おもひもよらぬ旅出をぞする

 一場笑具信女の掩土

呵呵呵呵呵、諸仏の説法も一場の笑具、衆生の流転も一場の笑具。
山僧が正恁麽に道ふも、人の頥を解く、何が故ぞ是の如くなる。
寒山子の曰く、東家の一老婆、富み来たること三五年。
昔日我よりも貧し、今我が銭無きを笑ふ。
渠れ、我れを笑ふこと後に在り。
我れ、渠れを笑ふこと前に在り。
相ひ笑ひて儻し、止まずんば東辺、復た西辺。
信女、卻て会すや。
汝、若し会せば、分明に是れ箇の一場の笑具。
汝、若し会せずんば、只是れ箇の一場の笑具。
作麽生か他の笑を免るることを得ん。
免るることを要して、什麽か為さん。
正恁麽の時、畢竟如何。
払一払して曰く、呵呵呵呵呵。

 豆髄了腐信士の掩土(豆腐を鬻ぐを以て業と為る者なり)

若し這の事を論ぜば、人の豆腐を打するが如し。
其の豆生しきときは口に可ならず。
転じて豆腐と成るに及んで、其の味、膳の左右に冠たり。
然も與麽なりと雖も、豆生の外に豆腐無く、豆腐の外に豆生無し。
豆生と豆腐と、其の性不二なり。
已に是れ不二の性、什麽に因てか食ふに堪えたる有り。
衆生と仏と、亦復是の如し。
衆生は豆の生しきが如く、仏は豆腐の如し。
其の性、両般無しと雖も、其の徳、全く同じからず。
何が故ぞ、是の如くなる。
唯だ衆生の仏にしかざるが如きは、時尚未だ至らざればなり。
所以に道ふ、仏性の義を知らんと欲せば、當に時節因縁を観ずべし。
時節若し至れば、其の理、自から彰はると。
諸方の見解、類多是の如し。
唯だ豆の豆腐と作ることを知て、豆腐の豆と作ることを解せざるなり。
我れ今、豆腐を以て豆と作して、汝が為に供養せん。
卓拄杖一下して曰く、此れ方に是れ一粒の豆なり。
且らく道へ、什麽の味をか作す。
復卓拄杖二下して曰く、再三咬嚼して始めて得べし。

 一船渡生信士の掩土(人を雪江と羽尾の間に渡すことを以て、業と為る者なり。雪江は但州に属し、羽尾は因州に属す)

雪江羽水の一船師、久しく群生済度に慣う。
今日、超然として苦海を離れて、自から彼岸に登て、恁麽に之く。
然も與麽なりと雖も、只恁麽に之くことを知て、恁麽に来ることを解せず。
恁麽に来る時、復た作麽生。
喝一喝して曰く、頭を回らし脳を転じて、什麽にか作さん。


 同国(但馬)諸寄浦作 八首

 其一 雪の白濱を眺望して

名にしをふ 雪の白濱ふき過ぎて 風さえわたる岡の松原

 其二 同

千歳なる 松もみどりの色そへて 一しほふかし岡の松原

 其三 千歳松

城山の麓にたてる千歳松 みねよりたかく 名こそきこゆれ

 其四 浦暁

ちどりなく波諸寄の浦のとを をし明方に出る釣ふね

 其五 絹巻

朝まだきおきつしら波たちさはぎ 磯のきぬまききても社みれ

 其六 為世永蝉

なく蝉の聲こそたへね水無月や 日もゐよながの森のこずゑに

 其七 諸寄河春水

春風におくの山々雪とけて もろよせ川のみかさまされる

 其八 岡谷風月

月さゆるみねの松よりかよひ来て ひかりふきそふ岡の谷風


 (除夜)示衆

諸人者、郷を離れて遠く遊び、師を尋ね法を求むるを以て任と為す。行脚因循として這の雪江に入り(雪江は諸寄の異名なり)、錫を円珠に掛けて(諸谷山、又之を円珠峯と謂う)、以て夏を渡り、冬を過ごす。其の然る所以は、山僧が法を説いて以て供養せんことを要するのみ。于に一部の大経巻有り。名づけて仏向上と曰う。諸人の為に以て挙著すべし。其れ此の雪江の人家、大凡以て四百に向とす。此の四百の人家、半ば田園に依て以て生涯を送り、半は海上に由て以て家業を立す。其の田園に依て以て生涯を送る者は、時を以て種へ、時を以て耘り、時を以て収め、時を以て蔵す。其の海上に由て以て家業を立すする者は、或いは鈎を下にしてし鱪を挙げ、或いは網を結んで鰯を挽き、間又賤しく之を買て貴く之を売るを以て、是とする者有り。其れ商舶に泛び、交易を異方に事とする者有り。傍ら砥を切て以て鬻ぎ、又口を傭舂に餬するもあり。其の跡区々異なりと雖も、義趣咸な遂に一般に落着す。之を一部の大経巻と謂ふ。此は是れ諸人の見得徹し、識得破する處にして、全部の本文未だ始めより覆蔵せず。這裏に至て、山僧更に什麼の法をか説かん。止むことを得ずして説くこと有りと雖も、亦た是れ他の本文の為に註脚を下すに過ぎず。諸人者、與麽に久立す。此の労、以て報答せずんばあるべからず。即今、山僧が箇の註脚を下すを見よ、と云うて、便ち払三払して以て休す。


 退龍満寺

 二十六年水木の恩、曾て一事の山門に報ずる無し
 気候を宣て賓客を接し、香華を把て本尊を祭る
 老去て最も嫌う、灑掃を勤むることを
 困じ来て胡ぞ善く精魂を使はん
 乾坤自から退休の地有り、箒箕を抛擲して脚跟を転ず