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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №8「家に三宝荒神を祭る」 巻一〈祈祷部〉(『和漢真俗仏事編』読書会)

webテキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号15

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(画像は『仏像図彙』元禄3年跋より)

 家々に荒神を祭るは、役行者(えんのぎょうじゃ)より始まる。災難口舌は皆な荒神ならびに九万八千眷属の祟りなることを、役行者、世に弘めたまう。ゆえに家ごとにこれを祀るなり。
 『大和国城上郡鷲峰山竹林寺記』にいわく、「人王四十一代持統天皇の御宇、役行者金剛山において念誦したまいければ、艮(うしとら)の方にあたりて赤雲一道天に通ること竪幢のごとし。小角(おづぬ※役行者のこと)彼の地に至りこれを見れば、一神人あり。首(こうべ)に宝冠を戴き、六臂具足す。右の第一の手に独鈷、第二は蓮華、第三は宝塔、左の第一には鈴、第二は宝珠、第三は羯磨なり。おもむろに小角に告げていわく、“我はこれ三宝衛護の神にして、世に呼んで荒神というものなり。我れ常に浄信修善の者を扶けて、不信放逸の者を罰す。ゆえに世人、荒乱神といえり。我れ若干の使者あり。帰敬三宝の者なれば、これを守護し、仏法不帰の者はこれを罰す。しかるに罰人は日に多くして、衛(まも)るべき者は少なし。汝、もし我が真体を看んと思はば、この七岫(しゅう)七谷の山、これなり”と言い訖(おわ)りて忽(たちま)ち地に没(かくれ)ぬ。
 ここにおいて役小角その地に祠を構えて、護摩を修してこの神に供え、今に至って柴灯護摩という、これなり。その炉壇今にこれあり(笠置(かさぎ)の山伏、一代ごとに峰に入りて勤む)。
 また鷲峰山と名づけたること、この山の形、天竺の鷲峰山に似たるをもって、聖徳太子名づけたまう。
 また伽藍を建てて竹林寺と名づく。
 人王四十五代・聖武皇帝、南都大仏殿を建つ。材木土石の障碍ありて、人傷つくもの多うしてし宸襟(しんきん=天皇の胸の内)を悩ます。時に空中に声あって告げていわく、“伽藍を建てんと欲すれば、七岫七谷の峰において荒神を奠(まつ)るべし”とありければ、このこと天聴に達し、すなわち良弁僧正に勅して鷲峰山に祈るらしむるに、荒神形を現して奇特を示したまう。僧正、この像を版(いた)に画いてこれを伝う。この時東大寺の造営成就す。これに依って東大寺の東南において、荒神の祠を立つ。今の葛岡荒神これなり。その後、弘法大師、良弁の画ける神影を木像に刻んで鷲峰山に安ず。今の竹林寺荒神これなり。荒神像これより始まる」。
 あるがいわく、「この荒神の法は、台密の所伝なり」と。また『元亨釈書』にいわく、「開成皇子、勝尾にて荒神の祟りを得て祭ることを知らず。時に二の鳥、二の札をくわへ来て地に音せり。これ荒神供の軌なり。世に相い伝うる“荒神供”これなり」。(翻刻者注、文章末尾に割注あるが、本文と同内容のためこれを略す。あるいは錯入か。原文参照のこと)