よこみち【真読】 №25 「緑の力」
樒とよく似たものに榊がある。
この二つ、話題になることは少なくないと見えてどこがどう違うとか、榊は神道で、樒は仏教だとかいろんなことが言われている。ま、そのあたりは先行する諸先生にお任せします。
榊の方は「木」+「神」なので、ご神前へというのがわかりやすい。
いっそ、「木」+「仏」という文字で「しきみ」と読ませたら、その辺の違いがはっきりしてよいのに、と思う。そしたらちゃんとそういう用例もあった(このテキスト上で作字出来ないのであらわせないけどね)。
いったい「しきみ」は仏前の供花というのは日本独自のものだろうか。
十四世紀の国書『溪嵐拾葉集』に次のような記事がある。
尋云。法花中ニ於木鉢ノ依文正在之耶
答。在之。經云。木樒并餘材○佛道云云
というわけで、樒の仏教由来説を『法花経』に求めている。そうか、と思い大正蔵経を検索してみると『法華経』をふくめ諸教典に38件のヒットカウントを得た。
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-bdk-sat2.php
つまり日本独特のものではないということが少なくとも明らかになった。
このうちたとえば『法華義疏』では「木樒者。形似白檀微有香氣」と、形は白檀に似てかすかは香気があると記している。
仏教語辞書『一切経音義』ではちゃんと「樒木」の項目があって、次のように記す。「木名也。甚有香。文理似白檀香非白檀也。欲取令香者皆須斫。經多年久乃香出。其樹白檀之種類也」
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-bdk-sat2.php
ここでも白檀ではないけれど、白檀の香りがするよ、ということが記されている。してみると、樒の仏教で重宝されるのはその香りゆえ、ということかもしれない。
ところでたまたまこれを書いている今、とあるいきさつで箱根の冨士屋ホテルに泊まっている。近代産業化遺産にも指定されているここ、なかなかの建物だが、全館に香の香り。楠木のように思うが、白檀にも少し似ている。おもしろい偶然。
さて仏教で樒を重んずることかくのごとしだが、「よこみち」としてはあまり展開のおもしろさがない。で、突っついてみたいポイントを「緑」にしようと思う。
というのは、樒にしても榊にしてもその微々たる違いを取りざたするより、大きな共通点といえば常緑樹ということ。いわば「緑」こそ最大のポイント、というとこになるだろう。40件近い仏教典籍の「樒」関説箇所が、そこに触れないのはともかく、神さまも仏さまも、こぞって「緑」好きという点に「よこみち」としては惹かれちまう。
この二つの葉っぱ、いずれも瑞々しい鮮光ありいかにも生命の息吹を感じさせる。あえて大げさな言い方をすれば、辛気臭い寺社仏閣において、この緑だけが「生」を如実に感じさせる。樒や榊に求められたもう一つの力とはそんなところじゃないかと思うのだがどうだろう。
おそらくこの常緑樹は「常磐木(ときわぎ)」に通じている。永遠の生命の象徴と言うことだ。そして香木にそれほどなじみがないと思われる古代日本が、外来文化である仏教の樒を抵抗なく受け入れた素地というのがそのあたりにあるように思える。はっきりした典拠のない話で申し訳ないが、ま、この「よこみち」はそんなんばっかりだったので大目に見てほしい。そんな方向性を示しておいて、のちのち響き合うものが出てきたら採り上げようと思う。
で、大風呂敷ついでに言えば、インド伝来の香木「樒」を日本寺院に取り入れたのは、日本古来の常磐木信仰がベースだったのじゃないだろうか。
あ、このたびも冒頭の画像は本文の内容とは一切関係ありません。いわば客引きの「緑の女」でありました。失礼。