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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №42「華鬘(けまん)」 巻二〈厳具部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号25

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 西域の風俗、貴賤男女ともに蘇摩羅華(そまらけ)を多く聯(つら)ね結びこれを貫き、あるいは首、あるいは身を飾る。これを華鬘(けまん)という。(下に『名義集』を引く)「これに繇(よっ)て種々の鮮妙華を集め結で鬘となし、仏前を荘厳し供養す。ゆえに『大日経』(曼荼羅品)にいわく、「持真言行者、諸聖尊を供養するにまさに悦意の華の潔白・黄朱色・鉢頭摩と青蓮と龍華と奔那迦計薩囉(ほんなきゃとけさら・プンダリーカ、白蓮華)を奉るべし。乃至、これらの鮮妙の華の吉祥で衆の楽(ねが)う所を採り集めて以て鬘となす」。

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 ○愚、按ずるに、今の世の華鬘、金を以て造れる物は、けだしこれを写し象(かたど)るに似たり。然りといえども『守護国界経』(第九四葉)の曼荼羅の荘厳の文に、「種々の宝を用いて以て華鬘を作り、荘厳となす」とあるに依れば、生華のみ造るに非ず。然れば今の金の華鬘、本説とすべし。
 ○『蘇悉路経』三にいわく、「もし華鬘の法を成就せんと欲せば、闍底華を取って鬘を作れ(これは生華を鬘に造るなり)」。
 ○『名義集』にいわく、「倶蘇摩、ここには華という。摩羅ここには鬘という。
 苑師のいわく、“一切の華は通じて倶蘇摩と名づく。別に一華あり。独り倶蘇摩と名づく。ここには悦意という。その華、大小銭のごとし。色はなはだ鮮白なり。衆多の細葉円に集まりてそれに成ず”。
 應法師のいわく、“西域の華鬘師、多く蘇摩羅華を用い、行列してこれを結んで以て條貫となす。男子貴賤も問うことなし。みなこれを以て首、あるいは身を荘厳し、以て飾好となす”」。
 『正法念経』にいわく、「天に生ずれば、華鬘額にあり。これもまた生華の鬘なり。

 ○私にいわく、「已上の旛・蓋・華鬘などは、もと供養部に入るべし。今は荘厳の具とす。ゆえにこの部に入る」。