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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №48「梵唄過まり唱うは咎あり」 巻二〈音楽部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

img-011-02.jpg (500×200)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号27

 愚按ずるに、今末世の僧の梵唄を唱うる多くは、呂律(りょりつ)を糾(ただ)さず、五音(いん)を分かたず、ただ口にまかせて恣(ほしいまま)にす。恐らくは五種の過患に堕(おち)ん。
 『毘尼母経』にいわく、「仏、諸の比丘に唄を聴(ゆる)したまう。ときに一人の比丘あり。立ちて高声に歌ふて経を誦す。仏、これを聞いて聴したまわずして言わく、“この音を用いて経を誦すれば、五種の過患有りて、外道の説法に同ず。一には、自持と名づけず。二には、衆に称せず。三には、諸天悦ばず。四には、語正しからざれば解し難し。五には、語巧みならざるゆえに義また解し難し。これを五種の過と名づく”と」。

 

※呂律=洋楽の長音階短音階に当たるもの。「呂旋(りょせん)」は長音階、「律旋(りつせん)」は短音階に相当します。唐楽(中国経由で伝わった楽曲)の六調子のうち、「壱越調(いちこつちょう)」「双調(そうじょう)」「太食調(たいしきちょう)」は呂旋、「平調(ひょうじょう)」「黄鐘調(おうしきちょう)」「盤渉調(ばんしきちょう)」は律旋に属す。
※五音=中国・日本音楽で、音階を構成する宮(きゅう)・商・角・徴(ち)・羽(う)の五つの音。