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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】№55の続き 「きっかけは〈鈴〉」-戒名のこと-

 よこみち№55で戒名のことに触れた折、いく人かのコメントをいただいた。僧職にあって戒名授与する立場にあれば、少なからず関心のあるところと思う。そこで若干の補足として、江戸時代の禅僧が与えた戒名の例をご紹介したい。
 その禅僧とは、玄楼奥龍(1720~1807)。依るところの資料は『蓮蔵海五分録』。奥龍生涯の言行録である。五分とは、
 一、修行時代の出家遊方分
 二、西福寺並びに永平寺転衣分
 三、保安寺・華厳寺兼帯分
 四、龍満寺分
 五、興聖寺分
の五つ。第四・但馬龍満寺の言行を収めた部分に、在俗の信者を弔った引導法語や戒名などが見える。
 奥龍と言えば、曹洞宗では狼玄楼の異名で知られ、同じく曹洞宗では天桂地獄と評された異色の禅風で知られる天桂伝尊の高弟・象山問厚の方を嗣いだ人。私もこの人に心惹かれている。
http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2014/06/11/060851
http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2015/05/10/201741
http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2015/05/15/094546
 
 して、その戒名の実例。

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〈豆髄了腐信士〉
 なにやら戒名にしては見慣れない文字が並ぶが、画像の刊本割注にを見るとその理由がわかる。「豆腐をひさぐをもって業とする者なり」、つまり故人は豆腐屋のおやじさんだった。
 この人の葬儀で唱えた掩土(土葬)の法語もふるっている。「その豆の生しきときは口に可ならず。転じて豆腐と成るに及んで、その味、膳の左右に冠たり。しかも与麽なりといえども豆生の外に豆腐無く、豆腐の外に豆生無し」。豆腐屋の店主にしてこの法語、そしてこの戒名。臨席の者なら思わずにやりとすることだろう。

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〈越山良砥信士〉
 今度は「砥を売ることをもって業とする者なり」とある。龍満寺のある但馬の諸寄村は、砥石の産地としても知られていた。日本海に面した龍満寺近辺の村人の生活は、漁撈に、さして広くない田畑に、木こりする山林に、そして石切場に、それぞれ額に汗して日々を送る者たちがほとんどであった。その暮らしぶりに寄り添うように残された奥龍の言葉が、『蓮蔵海五分録』龍満寺分や、この寺で編まれた『道用桑偈』にいくつもある。
 法語の中に言う、「汝、砥をひさぐをもって業となす。ここに於いて信得徹するや否や」と。奥龍の言葉は、たんに生前の業を読み込んでいるだけではない。それぞれの生業のうちに、仏者の悟境と同じものを見いだしたかどうか、と問いかける。そのこと自体、村人の日々の営みに対する深い共感と敬意と言ってよい。

〈海心釣月信士〉
 「漁父なり」とある。

〈欄外絶遮信士〉
 戒名だけではピンと来ないが、割注にある「俗名は九右衛門」に続けて引導語を見ると次の通り。
 「十右衛門に足らず、ゆえに名づけて九右衛門という」と。

 さらに多くの例をこの書は収めるが紹介はこのくらいにしておこう。
 奥龍のウィットやユーモアはともかく、その村人を見つめ、故人を見送る眼差しがいかに親密な暖かさをもっているかうかがい知れるのではないだろうか。よこみち№55で「仏弟子の名前である戒名に俗名の影響を求めるなど論外」という老僧の言葉を引いたが、その言が、片方の意義だけしか見ない偏屈なものにも思えてしまう。
 少なくともここに挙げた奥龍の安名の流儀は、その人の生前の足跡をしっかりと受けとめ、そこに思いを馳せつつも、向上の一歩を踏み出させる激励にも思える。
 こうなってくると、現代の我々が出家だ在家だなどと、うじうじと能書きにこだわるのははなはだ稚拙な児戯と言うほかないように思えてしまう。

 まわりを笑いに巻き込むような滑稽な婆様だったろうか、〈一場笑具信女〉に対する引導は次のように始まる。
 「阿呵呵阿呵呵(アッハッハ、アッハッハ)、諸仏の説法も一場の笑具、衆生の流転も一場の笑具」。そして次のようにしめくくる。
 「恁麽の時、畢竟いかん。払一払して曰わく、阿呵呵阿呵呵」。