読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №58「悪龍、鐘を聞けば瞋(いか)りを息(や)む」巻二〈音楽部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

f:id:ryusen301:20151201180044p:plain

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号30
 
 『西域記』一に曰く、
 雪山の頂きに池あり。雨を請い、晴れを祈るに、必ず願いを果たす。この縁起を尋ねるに、昔、健駄羅(けんだら)国に阿羅漢あり。常にこの池の龍王の供養を受く。
 ある時、羅漢、神通をもってこの龍王と共に、竜宮に往きて法を説く。侍者の沙弥も至る。ここに於いて龍王、天の甘露をもって、羅漢に供じ、人間(じんかん)の食を沙弥に与う。しかるに沙弥、常の如く師の器物を滌(あら)い観れば、天食の余りあり。その香味に該(おどろ)き、これを我に与えざるをうらみ怒る。ここにおいて即ち悪願を起こす。「我、願わくはこの龍の命を断って、我自ら龍王とならん」と。
 時に龍王、頭べ痛む。羅漢はこれを知って説法して怒りを宥(なだ)め、龍王は悔いて過ちを謝すれども、沙弥きかず。すなわち伽藍に還りて、至誠に願を発す。福力の致すところ、この夜、命終して大龍王となる。威猛奮発して池に入り龍王を殺し、龍宮に至ってその部属を統べ、もとより師を怨める宿願あるを以て、大風雨を興して伽藍を壊らんとす。
 時に伽膩色迦(かにしょくか)王、怪しみて羅漢に問う。羅漢、具(つぶさ)に王に語る。その時、王、龍のために雪山の下に伽藍及び塔を立つ。しかるに王は、慈悲心を以てすれども、龍は宿願の故にかえって忿(いか)りを懐き、風雨を発してこれを壊す。ついに六たび壊して七たび建つ。ここにおいて伽膩色迦王、怒りを起こして大いに軍兵を率いて雪山下に至り、龍池を埋め、その居を毀(やぶ)らんと計る。かの龍王、恐れて忽ち老婆羅門と変じて、王の象を叩いて諫めども、王、肯わず。
 時に龍、池に還りて忿れる声、雷のごとし。風、木を抜き、沙石、雨のごとく、雲霧、冥(くら)くして、人馬、動かず。
 王、すなわち三宝の加護を求めて曰く、「我、宿(むかし)、福を殖えるを以て人王となる。しかるに今、龍畜に屈せらる。まことに我が薄福なり。願わくは、諸の福力、現前せよ」と祈れば、龍、退いて霧巻き、風静まる。
 王、軍衆に令して、人ごとに一石を抱かせて、龍池を塡めんとす。
 龍王、懼れて、また婆羅門と作(な)って、王に向かって曰く、「我はこれ池の龍王なり。王の威を恐れて命に帰す。前の過ちを赦(ゆる)したまえ。王、もし我を殺さば、王に命を断ずるの罪あり。我に怨讐の心やまず。然らば共に悪道に堕せん」。
 王、この言を聞いて、ついに与(ゆる)す。「以後、もし犯さば必ず赦さず」とありければ、龍の曰く、「我、悪業を以て龍となる。龍の性、猛悪にして瞋(いか)りを持つことあたわず。もし瞋、発(おこ)らば、制を忘ぜん。王、今伽藍を立てたまえ。必ず壊せず。向後、、一人を置いて山嶺を望ましめたまえ。もし黒雲起こらば、急に鐘を撃たせよ。我、この声を聞けば、悪心すなわちここにおいて息(や)まん」。
 ここに王、伽藍を建てて雲気を望むものを置く。今に於いて絶えず。