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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】ちょっといっぷく(三)『真俗仏事編』のひろがり

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 №58までで巻二を終わる。これまで通りチョイスした結果だから、採りあげなかった項目についてはそれぞれweb本文をご覧いただきたい。
 「いっぷく」はこれで三回目。本文の内容を離れたところから『真俗仏事編』をめぐる問題を採りあげてきた。
 「いっぷく(一)」は、編著者・子登について
 http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2015/05/05/082311
 「いっぷく(二)」は、(一)に続いて、子登のもう一つの編著『世説故事苑』の序文から編著者のプロフィルを探ってみた。
 http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2015/07/11/104105

 三回目は『真俗仏事編』はどれくらいの拡がりで読まれていたのかということを話題にしたい。
 この本は、すでに(一)でも触れたように、江戸時代から明治そして平成に至っても版を重ね続けているロングセラーである。ただ編著者・子登についてあまり知られていないということからもわかるように、この本の素性についてはたしかな情報は広まっていないというのが現状。
 ある時、真言宗系の学会があって、そこで葬送儀礼に関するお話しをした時にこの本に触れ、真言宗発のテキストが各方面に及ぼしている影響の大きさを話題にしたことがあったけど、そこにいらっしゃった真言宗研究者の皆さんは、ほとんどこの本のことをご存じなかった。この本の立ち位置が察せられるエピソードだよね。
 で、拡がりの話だけど、
 そもそも私がこの本に出逢ったのは、地元・北秋田の僻村の修験道資料を調べている時だった。
 今は北秋田市の一部になっているが、江戸時代~明治~昭和前半まで、七日市村という村があり、そこに「長岐寺」という修験寺院があった。そこに写本として伝えられていたのが私が最初に手にした『真俗仏事編』だった。
 画像にあるように、巻一から巻六に至る全巻の忠実な写本だった。
 奥書には
時文政六癸未次宿孟秋吉辰
羽陽秋田縣七日市邨 柏峯山長岐修寺住 尊譽写焉

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とあるように、文政6年(1823)7月(孟秋)に、修験道長岐寺の尊譽によって筆写されたものである。この尊譽なる人、かなり勉強家だったらしく、長岐寺の資料にはほかにも尊譽の手になる写本が伝えられている。はじめはこの本自体、修験道のものかなと思っていた。それはたんに私の地域不足だったのだけど。
 長岐寺は修験道の当山派に属している。近世期の修験道真言宗系の当山派と、天台宗系の本山派に、その大勢が二分され、ほかに地方の有力修験が独立の派をなしている。だから当山派修験寺院に真言宗系の『真俗』が伝えられていることはそれほど珍しくないのかも知れないが、あまりよその例は知られていない。
 で、この写本資料を知った頃から、内容の面白さにひかれて読んでいたのだけど、ある時、これの江戸期版本が影印覆刻され、しかも頒布されていることを知った。それは天台宗群馬教区宗務所で頒布しているものだった。
 いそぎ問い合わせ、入手することができたのだけど、その際、担当の方にどういう経緯でこれを刊行したのか訊ねてみた。すると、
「昔からこの辺りの天台宗寺院で読まれていたものですから」
という返事。
 へえ、と思った。聞けば、この本の編著者が真言宗系であることは特段に意識されていなかったらしい。それよりも、内容が現場寺院の実情に応じた問題が多く、文章も平易でわかりやすいから、ということであった。このように天台宗寺院でも(地域限定かもしれないけど)ポピュラーなものだった。
 たしかにこれまで読んできたように、『真俗』の説明は、江戸時代の版本をそのまま読み下してもよく通ずるところ多く、その意味では「通俗」(=広く在俗の人々にも通じる)的であると言える。
 時代を通じて読み継がれてきたものというのは、おのずとこうした良質な面をそなえているのだろう。そしてまた一宗を越えて読まれているというのも、本書が真言密教的な説明に偏らず(もっともそういう項目もあるにはあるが)、真:仏家にも、俗:在家にも通ずる特徴を備えているからこそだろう。
 かく言う私は曹洞宗に属するものだが、じつは『真俗』、曹洞宗の教説とも深いつながりを持っている。これについてはいまだ研究業界では明らかにされてこなかったのだけど、数年前にささやかなコメントを発表しておいた。
 「明治初期曹洞宗教団における「年忌葬祭説」の意義」
   『曹洞宗総合研究センター学術大会紀要』12 H23.7
 専門的な論文を読むのが苦にならない人は、どうぞ。
 その「曹洞宗と『真俗仏事編』の関係」、これってわりと大切な問題なのだけど、ここではおいおいと明らかにしていきたい。もったいぶっているわけではないが、それを述べるにはやや手間ひまかかるのでね。ただ肝心なところだけ示しておこう。本編『真俗』はこれから第三巻「祭霊部」に入る。そしてもう少し後には「祭霊部」もある。その内容はいずれもご法事やご葬儀に関わることだけれど、この「祭霊部」と「祭霊部」こそが、曹洞宗の教説に関わるところなのだ。まずはこれまで通り本編を読み進めることから始めよう。