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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】№62 ANNIVERSARY

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 「誕生日ってさ、一年と一日経ったときなんだよ。だって誕生日から365日経った日は次の年の誕生日の一日前でしょ。誕生日になると366日だよ。だからもし一歳の誕生日だったら、“一歳と一日の誕生日おめでとう”て言わなくちゃおかしいよ」と小さかったある日、大人に言ったら、
 「お前ね、そんな可愛げのないこと言っていると、ろくな大人にならないよ」と言われた。
 たしかにそう言った大人はご明察であった。ろくな大人になっていない。

 祥月命日と呼んで、他の月の命日よりも大事にするならいがある。なぜこの日を大事にするのだろう。
 本編の説き方でも、あえてこの日を重要とみなす積極的な説明はなされていない。いくつかのモノノホンを見てみたが、どうもヒットするものを見いだせない。おそらくはそれぞれのお寺さんなどで、ご法事の日を定めるためにいろんな説明をされているのだろうけど、はたしてどのようにされているのか教えていただければありがたい。
 英語ではこうした命日も結婚記念日も誕生日もみんなひっくるめて Anniversaryなんだとか。そう言えば「祥月」という用語自体も儒教発なのだから、ここでことさら仏教的な意味づけを探ることもないかと思う。
 で、もうちょっと気楽に「記念日」を考えてみると、やはり一年の「うちのその月日」てのは意味深いように思う。なぜかと言うと、特に日本のような四季のちがい豊かな所では、その月日でなければ整わないシチュエーションというものがあるからだ。雪の降り始めだったとか、霧が濃かったとか、うだるような暑さだったとか、コオロギが鳴き始めていたかetc. その「出来事」を想起する舞台装置が同じ状態の時ほど、懐旧やら追体験やら再現やらの心のはたらきはうまいこと機能する。これはいずれの記念日も変わりない。そんなわかりやすい理由がこのことの意味合いかも知れない。