BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

復活三年目の「葛黒火まつりかまくら」

 その時、ご神木が不自然なしなり方をした。

 数日続いた雨と暖気のせいで融けた雪が膝までぬかるむかまくら会場。

 やっとのことで稲ワラ・竹の葉・豆ガラを巻き付けロープを結わえ、待ちかねた子どもたちや来場者たちが引き始めて15分ほど過ぎた頃だった。

 本部テントから見ていて、やっと15度ほど起ち上がりかけた。Y字状になった太い支えの木の枝をご神木にあてがう男たち。ゴシャゴシャとぬかるむ足元に支えを移動することはおろか、自分たちの立ち位置をずらしゆくことさえままならない。

 現場でみなを指導する栄一さんがスピーカを通してかけ声をかける。

 「さあ、あと5センチだけ上げますよ。せーの、でロープ引いて下さい。ゆっくりですよ。せーのぉ!」

 ロープを握る100人ほどの参加者がかけ声とともにぐぅーっ、と引く。

 ご神木がさらにしなる。おかしい、と思ったその時、バキッと音を立ててご神木が折れた。栄一さんの声があわてる。

 「ああっ、ご神木が折れてしまいました」

 けが人はいないか。こちらもあわてた。幸い、みな無事。

 栄一さんが説明する。

 「ほんとうは、今日のご神木の木は、25年成のもっと大きいものを使う予定でした。しかし、今日の会場のコンディションから判断して、大きいのを立てるのはむづかしいということになり、一回り小さい、せいぜい20年成のものに、今朝、急遽変更したのです。ところがやはり木の強さが不足して、それに、今年はワラを昨年よりもたくさん巻きつけて太くしたものだから、木が負けてしまって折れてしまいました。こんなことは永年かまくらやっていますが初めてのことです」

 結局、折れた部分を縄で接いで、あらためて起てることにした。参加者たちはいったんロープから離れて、ご神木に群がり作業する男たちを遠巻きに見つめた。雨まじりの雪が強くなってくる。

 「さあ、いいですよ。またロープについて下さい」

 栄一さんがみなに声をかける。ご神木は、折れたから下の部分に接いだため、当初は10メートルだった高さが(これでも昨年よりは2~3メートル短い)、8メートルほどに短くなっている。あらためて結わえられたロープに参加者たちが集まる。

 降雪が薄い。昨年・一昨年は圧雪した雪面から、地面までは優に1メートル以上あった。ご神木を起てるための穴の深さとしてはこれで充分だそうだ。加えて氷点下でぎっしり固まった雪が根元をしっかり抑える。だが今年はその穴を掘れない。土に突き刺すと言っても、足元は一面田圃。勝手なことはできない。雪を盛り上げてそこに起ててはどうかという意見もあったが、それではご神木の重さを支えきれるものではない、と言う。推定だが、すべて「まかなわせた」ご神木の重さは二~三トンに達するという。どうしたかというと、太い杭を二本、幅を狭くしてしっかりと打ち込む。これに起ち上げたご神木の根元を巻き付けて固定しようということになった。

 再び、起ち上げ開始。天候は回復しない。時折、意地悪く雨がちのみぞれ雪が会場に降り注ぐ。

 じつは引き綱となるロープの状態も昨年までとは異なっていた。

 時計に見立てるなら、文字盤の中心がご神木の立ち位置とすると、昨年は、4時・6時・8時の三方向へロープを引いていた。

 だが今年は、5時と6時の二方向のみ。

 広角で力の分散する昨年と、狭角で力が分散しにくい今年のとの違いは、素人が見ても心配なものだった。なぜこうなったか。それは会場全面が圧雪状態で参加者が広く分散できた昨年と、前来述べたように今年は会場内に立ち入りできるスペースがごくわずかに限られていて、大勢の人がロープを引けるのはごく狭い範囲にしか展開できなかったということにある。

 それでもご神木は短くなったことから、起ち上げはなんとかなるかもしれない。そんなささやかな希望が再度の起ち上げ作業に向かわせた。

 「さあ、それじゃもう一度いきますよ。せーの」

 栄一さんの声に合わせて作業開始。

 10度ほど起ちあがる。持ち上がったご神木の先を見ると、短くなったとは言え、充分なボリューム。これなら起ち上がりさえすれば、それなりの見応えになるだろう、と期待した。

 ロープに引かれて、ご神木が20本ほどの支えの木からわずかに浮き上がる。それに合わせてジャブジャブ音を立てながら、ご神木の下に入った男たちが支えを根元に少しずつずらしてゆく。

 ご神木の根元は二本の杭にしっかり抑えられている。こんどは大丈夫だろうか。

 支えのY字の先からふっと浮いたご神木が、ゆっくり小さな動きだが横に振れ始めた。反時計回りに、ほんの少しだがブレ始めた。いやな予感がする。栄一さんがまたあわてて大きな声を上げた。

 「山側のロープ、もっと引いて下さい! そっちの人がた、がんばって!」

 一方のロープにつながる人たちが、さながら綱引き試合のように声を上げながら引き始める。

 だがゆっくり、じりしり反時計方向へ動いている気配は止まらない。いやな予感は気持ち悪いほどに高まった。

 ゆっくりだったご神木の動きが急にスピードを増した。下にいる男たちから、おおっという声の漏れるのが聞こえた。根元を起点に横にぶれたご神木が、どさあっ、と落ちた。支えのほとんどがはずれている。誰か下敷きになっていないか? 遠目にはわからない。

 「あっ」

と声を上げたきり、栄一さんの言葉もしばし止まった。会場も凍りついた。

 ご神木まわりの男たちがもぞもぞと動き出す。

 「大丈夫ですか?」

 と聞く、栄一さん。内容は聞き取れないが、交わし合う声。

 「大丈夫のようです」

 と知らせる栄一さんの声に芯からほっとした。会場がどよめく。

 「今年は失敗です」

 栄一さんから心配していた言葉が出た。

 「今回は起ち上げれないので、ワラを外してはだかのご神木を起てて、その根元にワラを積み上げることにします。ご神木の係の人は、ワラを全部外して下さい」

 土建業を本職にし、長年ご神木起ち上げのリーダーであった栄一さんの判断に異議を唱える声はなかった。男たちがワラ外しの作業にかかる。ロープに連なっていた参加者は再びそれを遠巻きに見つめる。みぞれが吹きつける。

 ご神木まわりの男たち。おそらく長靴の中まで雪水が入り込み、作業着の上に張り付き融けた雪水は下着まで濡らしていただろう。一日がかりで「まかなわせた」ワラをはぎとり、折れてつぎ合わせたはだかのご神木を衆目にさらすのは、どんな気持ちだったろう。

 今回のご神木が昨年までと違た姿になったのは以上のような経緯からだった。

 悪天候にかかわらず、来場者は昨年並みだったように思う。今年は名古屋。静岡からも観光客が見えた。

 広々とした田圃の上を圧雪して余裕たっぷりの駐車スペースにしていた昨年と違い、今年はわずかな駐車帯の他は、集落内の道路に路駐がほとんど。駐車場係もよく頑張ってくれた。

 さいわい、出店と休憩所を拡充したこともあってり、またミニかまくらのほか、阿仁合いから切り絵灯籠の参加もあった。北鷹高校家庭クラブの参加も心強かった。

 午後6時に点火。

 根元に集められたワラは、さすがに高く炎を吹き上げることはなかったが、なんとか火まつり行事の体裁は確保した。栄一さんの声に合わせて「かまくらのごんごろー!」の合唱も例年通りだった。

 翌日、晴れた。葛黒の男たち、元気くらぶのスタッフが集まって現場の片付け作業。だが心配していたよりもみな表情が明るい。ひととおりの片付けを終えてセンターで一服する。それなりの反省点は口々に出たが、沈んだ雰囲気はない。むしろ、

 「まずこれもいい勉強だ。来年はしっかり起てるど、な!」

の声が力強い。

 このまつりは必ず定着する。いや定着させなければならない。強くそう思った。

 幟やテントを撤去した会場に、昨日作ったかまくらが、ぽっかりと口を空けてならぶ。歳神さまの抜けあとのようだと思った。

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