ある記念の日に
もう十数年、いやもしかすると二十年以上お会いしていない先生がいる。
ある大学の今では名誉教授。今年八十三歳になる。かつてある研究会でお世話になった。でもほんの数年のこと。
賀状のやりとりくらいしかなかったこのところだけど、数日前にお手紙をいただいた。
めずらしい。
こんな内容だった。
先生は、ぐい呑みを収集するのが趣味だという。かなりのコレクションになったらしいが、今でも盃を傾けるたびに、それぞれにまつわる思い出を肴に飲むのが楽しみなのだという。
で、コレクションの一つに、昔差し上げた一つがあった。
桐の小箱に入っていて、その蓋の裏書きに、私と家内の名前があり、「1986年3月27日 結婚記念日」と年記があるのだという。そしてそこまで書いたお手紙に、つぎの添え書きがあった。
「ちょうどご結婚30周年ですからお祝いを差し上げようと思いました」と。
そして今日、赤のしをつけたお酒が一本届いた。
虚を突かれる、とはこのこと。
これを読むまで、結婚記念日のことも、30年目のこともすっかり頭になかった。
この先生の心遣いに芯から打たれた。もしかするとたまたま思い出したのかもしれない。もしかするとこれまで盃を手にするたびに思い出していたのかもしれない。その実はわからない。
こんなことがこちらの日々の生活に新しい別の響きをもたらす。
人の心の嬉しい夜。