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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №83「経を血書す」巻〈苦行部〉(『和漢真俗仏事編』読書会)

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webテキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号38

 『智度論』十六に云く、「愛法梵志(あいほうぼんじ)、十二年閻浮提(えんぶだい)を遍歴して、聖法を知らんことを求むれども得ず。この時、世に仏法無かりし時なり。
 しかるにひとりの婆羅門の言く、“我れ、聖法の一偈を知れり。汝、もしまことに法を愛せば教えん”と。
 梵志、こたえて曰く、“我れ、まことに法を愛す。希(ねが)わくは授けたまえ”とありければ、
 婆羅門の云く、“汝、もしまことに愛せば、汝が皮を紙とし、汝が骨を筆として、血を以て書くべし。しからばこれを伝えん”と。
 こにおいて愛法梵志、すなわち骨を破り、皮を剝(む)き、血を以て偈を写す」と云えり。
 ○『梵網経』(心地品菩薩戒)に曰く、「大乗の経律を受持し読誦し、皮を剝いで紙となし、血を刺して墨となし、髄を以て水となし、骨を折って筆となし、仏戒を書写し(乃至)、常に七宝無価の香花を以て、一切の雑宝を以て箱囊をなし、経律を盛るべし(文)」。
 発隠の釈に云く、「“皮を剝ぎ血を刺す”とは、これに二義あり。
 一義に曰く、血肉は命根に係わるものなれば、世間の至宝なり。その至宝の身命を捨てて、慧命を流通するなり。
 また一義に云く、四大の依身は虚仮にして、終には朽敗す、故に世間無用のものとす。その無用なる物を捨てて、大用を成就するなり」。
 ○私に曰く、「この釈無くんば、恐らくは愚人、血書の所以を誤らん」。