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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №84「捨身」 巻三〈苦行部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

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テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号39

 問う、「今の世にも身を水火の中に投げる者あり。これ外道の法ならずや」
 答えて曰く、「これに取捨あり。必ず捨身の正邪を知るべし。かの婆羅門の提謂女(だいいにょ)に教えければ外道の捨身となり(『断結経』)、喜見菩薩の身を焼くときと(『法華』)、儀軌(『聖観音儀軌』)の捨身供養とは正法の捨身なり。名(各カ)々聯(つら)ね出す。眺めて分かつべし。
 ○『十住断結経』に云く、「仏、言(のたま)はく、過去無数劫に裴扇闍国に提謂といえる女人あり。夫、死して寡(やもめ)となる。富めりといえども子無きが故に種々苦労せるを悲しむ。有る婆羅門の曰く、“汝が今の苦厄は、前世の罪に由る。今世もし福を修して罪を滅せずんば、後世必ず地獄に堕せん。その時悔いるとも及ばず”と。提謂の曰く、“何の福を作してか罪を滅せん”。婆羅門の曰く,“薪を積んで自ら身を焼くべし”とありければ、提謂、この教えを信じて薪を積む。その時、鉢底婆(はちば)と云う道人来て問う、“薪を具えてなににかする”。提謂、答えて云く,“自ら身を焼いて罪を滅せんとす”。道人、告げて曰く,“汝、はなはだ誤れり。それ先世の罪業は精神を逐うて廻りて、身と共ならず。ここを以て身を焼くともいずくんぞ罪を滅せん。譬えば、牛の車を憎んでその車を壊(やぶ)れども、後より車を造りて荷を負わせけるが如し。たとい百千万身を焼くとも罪業の因縁は相続して滅せず”と」。
 ○『法華経』(薬王品)に曰く、「喜見菩薩、浄明徳如来の『法華経』を聞いて、現一切色身三昧を得る。この時、報恩の為に種々の香華供養を作し、そのうえに仏の前に於いて、天の宝衣を以て自ら身に纏(まと)い、諸の香油を灌(そそ)ぎ、神通力の願を以て、自ら身を然(燃)やして、光明遍く八十億恒河沙世界を照らす」と云えり。神通力の願を以てとは、これ世の火を以てせず、還って所得の三昧に依って利他の願を起こし、智観の火を以て光明を照らすの義なり。委(くわし)くは彼の経を披(ひら)くべし。
 ▲私に曰く、「今の世にも火定に入ると云う輩あり。これもまた喜見菩薩の縁を採るべし」。
 ○『聖観音儀軌』に云く、「次に身を捨てて供養すべし。まさにこの言を作すべし。諸仏菩薩、願わくは哀愍したまうが故に、我を摂受したまえ。今より已往(のち)、乃し成仏に至るまで、我、常に身を捨てて一切如来、及び諸菩薩を供養したてまつる。ただ願わくは、慈悲をもって哀愍加護したまえ」と。
 ▲私に曰く、「吾が祖大師、童形にして捨身したまう讃州出釈迦寺の縁、けだしこれを取らんか」。