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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】№84「身を焦がす想い」

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 前に焼身を話題にした折、かつて当地(秋田県北部)であった焼身供養の記録をいつかご紹介すると約束したが、
 http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2016/02/28/210106
 今回はそれを果たそうと思う。
 画像に挙げた資料がそれだ。
 これは秋田県北秋田市内の八幡宮綴子神社境内の県指定史跡・内館文庫所蔵のもの。この文庫、江戸時代の修験者の活動を知る上でとても貴重な資料の宝庫なんだけど、そのあたりのことはこの本に詳しく書いてあるのでよかったらどうぞ。
『般若院英泉の思想と行動―秋田「内館文庫」資料にみる近世修験の世界―』
http://www.iwata-shoin.co.jp/bookdata/ISBN978-4-87294-861-5.htm
 ここではこの資料に焦点を合わせて紹介して行こう。
 タイトルは『羽州秋田当山修験宝篋院捨身記』

 「当山修験」とは、江戸期修験道の二大流派、真言系の当山派と、天台系の本山派のうち、当山派であることを言う。「宝篋院」とは修験者の名前。あとは文字通りの意。羽州秋田の当山派修験者・宝篋院の捨身の記録ということである。
 奥付には「明和六龍集己丑年六月上旬 役門遺塵 英泉敬書」とある。
 これによって、この書は明和6年(1769)6月上旬に記されたものであること。そしてその筆者は「役門遺塵」、これは役行者こと役小角(えんのおずぬ)を開祖とする修験道の末に連なるもの、という意味で、いわば修験者のことを言う。その名は「英泉」というわけだ。
 この英泉という人、内館文庫所蔵資料の主要部分に係わる大事な役割を担う修験者なのだが、それもここでは割愛。ひたすら資料の紹介につとめよう。
 さて本文。冒頭は『真俗仏事篇』本編でも捨身供養の傍証として引き合いに出された『法華経』「薬王品」の引用から始まる。

 『法華経』薬王菩薩本事品に云く、「喜見菩薩、よく手の指乃至足の一指を然(た)いて仏塔を供養せば、国城妻子及び三千大千国土山林河池諸の珍宝物を以て供養する者に勝れり」文。
 須く知るべし、わずかに手足の一指を燃いて供養する者の功徳すら尚かくの如し。況んや全体の捨身をや。
 ここに羽州秋田北比内に一人の行者有り。名づけて宝篋院と曰う。
 かつて『法華経』一字一石の書写の願心有り。今年已に満ず。故に四月十二日、まさに石経を以て供養せんとす。
 また全身を以て共に入定を願う。然りと雖も故障ありて果たさず。止むことを得ず院内に在りて小室を架(かま)え、入定に擬す。これより断食して以て衆人の応対を禁ずることそこばく。また故障有り。故に臨終の一念を取ること、平日の信心に決し、実に五月十八日己亥を以て、草庵を澤畔に結び、肉身を火定に入れ、正念帰峯す。
 感ずるに堪えたり、徹骨の重信を一大事因縁に決することを。誠に貴ぶべく、また仰ぐべし。上世に於いて忍力堪能上根の菩薩に在りては火定に入ることを聞く。いまだ役門に苦行有るの末弟には聞かず。謂いつべし、堅固不可動の大行者、即身成覚の正先達と。

 以上が資料の前半。
 『法華経』薬王品というのは、焼身供養に関心を寄せる修行者にとってかくも影響の大きいものだと窺うことが出来る。
 「上世に於いて忍力堪能上根の菩薩に在りては火定に入ることを聞く」つまり、上代における火定に入った有名な例としては、『元亨釈書』巻十二「忍行」に立伝されている「釈長明」の例がある。康保三年(966)、長明は信濃戸隠山において火定するのだが、この人は常日頃『法華経』を読み、自分の弟子たちに「我は一切衆生喜見菩薩の生まれ変わりである」と語っていたという。まさに「薬王品」が典拠となっている。
 そしてこの宝篋院という修験者。一字一石の写経供養も立派だが、火定に入るその次第も恐れ入る。二回ほど見舞われた「故障」の具体的内容は知るべくもないけれど、居室を別に設け、断食し、人との接触を避け、ついには澤畔において(これは周囲への類焼に配慮したのだろう)目的を遂げるにいたる。「正念帰峯」とは正信の念想によって修験道の本山・大峰に帰るということだろうか。「感ずるに堪えたり」から続く筆者・英泉の讃辞には、宝篋院によせる限りない敬仰と共感が読み取れるようだ。
 続く本文の後半を紹介する。

 この故に『楞厳経』に云く、「もし我れ滅後、それ比丘有りて発心決定して三摩提を修めんとき、よく如来形像の前に於いて、身に一燈を燃やし、一指の節を焼き、及び身上に於いて一の香炷を爇(た)かば、我れ説かん、この人、無始の宿債一時に酬い畢て、長く世間を一揖し、永く諸漏を脱して、いまだ無上覚路に朗明ならずと雖も、この人、法に於いて已に決定心なり」と(文)。
 役門の末資、実にこの決定心を貴ぶべく、また徹骨の重信を仰ぐべし。必ずや誹謗を生ずること勿れ。また末代と雖も、欲色の為、剱に伏し水に溺るる者、及び国に奔(はし)り身を没する者を聞く。いまだかくの如き捨身決定心有ることを聞かず。故に謹みて、この法印臨終の因縁を失わんことを恐れて、筆を揮って敢えて十方の門人に及ぼすと、云うこと爾り。
 明和六龍集己丑年六月上旬 役門の遺塵 英泉敬て書す

 『法華経』に続いて英泉が引くのは『楞厳経』。自分の身を焦がす効能を説くこと、かの薬王品に勝る観がある。そして引用文末にある「決定心」にこそ英泉の思い入れのあることが察せられる。
 「必ずや誹謗を生ずること勿れ」という言い方には、当時この僧に対する非難がましい言い方のあったことが逆に予想される。「なんだあいつちょっとやりすぎなんじゃない」「死んじまってどうすんだよいったい」という声が少なからずあったのだろう。英泉の言い方はそれらの予想される誹謗中傷に対する強い牽制のように思われる。「欲色の為、剱に伏し水に溺るる者、及び国に奔(はし)り身を没する者を聞く」という批判からは、当時の宗教者達の中に世間におもねる風のあったことが窺われる。ともあれ英泉の宝篋院に寄せる讃仰の意は並々でない。この人の入定の様を忘れぬように世に広く伝えようという気持ちがひしと伝わる。

 ところで焼身供養の資料紹介はこのくらいにして、焼身、捨身に心寄せる仏教者達の、その「心」に思いをはせて今回の締めくくりとしたい。
 捨身供養によって、自らの身命を危険にさらす、あるいは失ってしまう、そのことの是非を人命尊重の立場からどうこう言うのは、ここでの議論としてあまりそぐわない気がする。
 自分の身を燃やすことによって仏を供養することが全うされる、言い換えれば、仏教者としての幸せが成就できる。そのような「考え」を与えたのが『法華経』「薬王品」であるこということはすでに見た。『法華経』が特異な文学だとコメントしたのは冒頭にひいたこの連載の以前の回に於いてだったけど、おそらくこの「薬王品」もある種の人たちを寄せつける力がことのほか強い魔性の「物語」ではないだろうか。その物語世界にとらわれた人は、その世界で示された「幸せの実現」が自分にとっての至上命題のように思ってしまうのじゃないだろうか。男女間の恋愛行為の成就、ある芸術的表現の達成、「至上命題」のある方向はケースによってそれぞれだ。そのような吸引力の恐ろしく強いもの。そのひとつが『法華経』だと言えないか。

 その魔性の力に魅入られた者。戸隠の長明はその典型。そして宝篋院も、英泉も、そこに連なる者だったのじゃないだろうか。