BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】№92 「くやしい思ひ出」

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 今から二十五年前のことになる。
 ある女性の檀信徒がお寺へやって来た。一ヶ月ほど前にご主人の葬儀を終えたばかり。年頃は40代の前半。浮かない表情をしていた。いわく、
「じつは先月の葬式の後、ずっと体の調子悪いんです。そして家族の中でもあまりよくないこと・・、あの子どもが学校行かなかったり、それからあのいろいろ、と、ともかくよくないこといっぱい続くので、姑と相談してカミサマに診てもらうことにしたんです。で昨日、カミサマのところへ行ったらこう言われたんです。“たいへんなことだ。ホトケのところへ血脈が届いていない。お前たち、ちゃんと葬式出してもらったのか。すぐにお寺へ行って、和尚さんに頼んで血脈出してもらって墓へ入れないとダメだ。早く、早く言ってお願いしてこい”と。そういうわけで和尚さん、血脈ただけませんか」
 面食らった。

 ここで若干補足しておく。当地で行なっていた葬儀については前にも記したが、
http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2015/11/03/161201
 当時この葬儀は故人の自宅で行なった。当地では葬儀の事前に火葬を行う。自宅葬の場合、座敷に葬儀用の祭壇を設け、化粧箱に収めた故人の遺骨をその上に祀る。座敷で授戒・引導をした後、参列した会葬者とともに行列を作って、集落の外れにある共同墓地まで野辺送りの葬列に出立。墓地到着後、臨時に設けた祭壇に、あらためて遺骨を祀り、供物をそなえて埋葬諷経となる。読経終わって遺族と会葬者により埋葬。実際には石塔の基壇内に遺骨を納めることになる。僧侶は読経終われば埋葬には立ち会わずに墓所から退場する。
 まだ葬儀社はこのあたりにそれほど進出しておらず。ハナヒキと呼ばれる葬式手伝いの男たちが、葬儀に必要な諸般の準備をするのだった。
 またカミサマとは、言わば民間宗教職能者。ふだんはふつうの生活をしている、多くは女性なのだが、いったん依頼があると経文を唱えたり、ご祈祷・呪いごと・判じ物などをする人たちをこう言った。いまではめっきり少なくなったけど、当時は車で10~20分圏内に複数人はいたものだった。そのうちの一人がこの話の当事者。

 自宅にて授戒・引導まで終えて、葬列を組み墓所へ出立する際に、葬送の具に必要なものを忘れては一大事。ハナヒキのリーダーが細心の注意を払って指図する。墓標、霊膳、タイマツ、雪柳、シカバナ、位牌、遺骨、etc. そして血脈。小さく四角に折りたたまれたこの紙片は、ふだんは他のどこでも目にすることはまず無い(授戒会などは別だが)。「おい、血脈わすれるなよ」とリーダーから声がかかる。これを忘れると仏は絶対成仏できない、と信じられている。葬儀中に導師より差し出された血脈は、遺骨の正面に奉安され、野辺送りの際は骨箱に容れて墓地まで行き、埋葬諷経が終わってから、遺骨と一緒に墓に納められる。だから相談に来たこのご婦人の夫の場合も、ちゃんと血脈がお墓に入っている、はずだ。
 実際には墓に入っている血脈を、葬儀に立ち会ってもいないどこぞカミサマが「まだもらっていないから早く出してもらえ」とは何ごとだ。俺の出した葬式に落ち度があったというのか。とまで気色ばんだわけではもちろんないが、正直なところ、チクッと癪にさわる話ではあった。

 「奥さん、大丈夫ですよ。お葬式ではたしかに渡しているし、立ち会ってはいないけどお墓にご主人を入れる時に、ちゃんと一緒に入れたはずだから」
 と答えたが、夫人はなかなか承服しない。それでもいいからもう一度血脈出してください、の一点張り。しょうがないのでこうすることにした。
「それじゃ来週、たしか四十九日の法要することにしてましたよね。その時に、私も一緒にお墓まで行きましょう。ちゃんと血脈持っていきますから。そこで石塔の入り口の石を寄せてみると、このあいだ納骨したお骨が見えるはずだからそこに血脈入れてあげましょう。ただ、もしかしてその時に入れていればお骨の上に載せてあるのが見えるかもしれませんよ。それでどうでしょう」
 奥さんは、ありがとうございます、とそれで納得。その約束をして四十九日に臨むことになった。無論、私は内心で「入り口を開ければきっと血脈が見えるはず。そしたら“ほら、ありますよ。だから心配しなくてだいじょうぶ”」と言うつもりであった。

 四十九日当日、そのお宅での四十九日の読経を終え、遺族等と連れだってお墓に到着。石を寄せてもらい中をのぞくと、
 血脈がない。
 遺骨の下になっているのか、奥の方へ落ちてしまったのか、懐中電灯でしばし探してみたがやはり、ない。
 遺族等が口々に言う「ほんとだ、やっぱり入っていない」。そして私を見る。
 私は、一応念のためにと持参してきた血脈を袂から出して、小声に唱え言をしながら恭しく石塔の納骨口から手を差し入れ、遺骨の上に血脈を載せた。
 遺族等がまた口々に言う。「やあよかった。やっぱり和尚さんにお願いしてよかった。ありがとうございます」。
 その時、墓参に来ていた遺族の後ろの方で親戚の子どもらしい男子を囲んで何人かがざわついていた。どうしたのかと聞くと、
 「和尚さん、この子ども話を聞いたらですね、葬式の時に今和尚さんが持っていた血脈と同じものを墓所の脇で焼いていたのを見たって言うんですよ」
 詳しく尋ねると次のようなことだった。葬儀の際、野辺送りに加わる一行とは別働隊の親族があって、自宅での葬儀の後、故人の使用していた寝具や寝間着、身の回りにあったものなどを墓所の裏手で焼いていたというのである。物珍しさから、納骨の場面や不要品焼却の場面を行ったり来たりして眺めていたその子どもが、四角く折った紙に墨で何か書いて赤いハンコの押してるもの(それが血脈なのだが)を、誰かは知らぬが大人の人が火に投じるのを見たというのである。おそらく故意ではないだろう。なにかの行き違いで祭壇にあった血脈が故人の不要品に紛れてしまい、よく事情のわからぬ者の手によって焼かれてしまっていたのだ。
 結果的にカミサマの言うことは見事に的中。
 そしてこれまた結果的に、カミサマの指示にしたがった故人の奥さんの要請に応えた私は、奥さんはじめ遺族の感謝に浴することになった。
 カミサマおそるべし。

 しばらくの間はこのてんまつ、私にとって悔しい思い出であった。その理由はお察しいただけると思う。
 そしてその後またしばらくして現在に到り、今では別の意味で悔しい思い出である。その理由をお察しいただけるだろうか。初めに奥さんが私のところへ相談に来た時、なぜ「そうですか、それはご心配ですね。すぐに血脈用意しますから、一緒にお墓へ行きましょう」と応ずることが出来なかったのか。