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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №96「門火(かどび)」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

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テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号43

 これもまた漢土の風俗なり。

 『顔氏家訓』に曰く、「喪、出づるの日、門前に火を燃(た)く」と。
○『周礼』に曰く、「喪に門燎(かどび)を設く」。
○喪、出る時、門火を燃(た)くこと、その所以いまだ分明ならず。火浄して家門を祓い清める義か。
○また愚按ずるにこれは死気いまだ散ぜざるゆえに火燃やして驚散するなり。およそ除夜・元日(正月十五日)の爆竹も陰気の鬱滞を散じ、邪気を駭(おどろ)き去るためなり。『朱子語類』に云く、「あるいは曰く、“李三というもの死して厲(れい)となる。郷に祭祀・仏事あれば、この人のために別に饌具を備えざれば必ず祟る。後にある人、爆杖を放て、その托する所の樹を焚く。これより遂に絶えて止みぬ”。朱子の曰く、“これ他の枉死(おうし)の気、いまだ散ぜず、爆杖に驚散せられ了(おわ)る”」(已上)。
○『焦氏筆乗』に『該聞集』を引いて曰く、「爆竹、妖気を辟(さけ)ると云うこと信(まこと)なり。何となれば郷人に仲叟と云うものあり。山鬼に祟られて戸を開けることあたわず。山鬼、頻りに瓦石を投げて妨げをなす。仲叟、巫覡(ふげき)を特(たの)みて祈れども、卻(かえっ)て祟りさかんなり。李畝が曰く、“日夜、庭中に於いて除夜の如く数十竿の爆竹せよ”と教えければ、仲叟、爆竹して暁に到る。これより妖祟やみぬ」(已上)。
 私に曰く、これらの故事に依れば、今の門火も死者の陰気を散ずるなり。