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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №100「七七日の追福」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

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テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号44

 七七日の斎を営み追薦する所以を問う。
 答えて曰く、これを累七と云い、または斎七と名づけて最も勉むべき事なり。およそ命終する、すなわち中有の身(人身に似て識を伝う、これを中有と謂う)となって七日その寿命を保って死す。すなわちまた生じてその寿命七日保つ。かくのごとく七日毎に生死あり。すべて七度の生死にして七七・四十九日を経てそれぞれの果報を感じて三界六趣に生ず。
 然るに経に極善・極悪に中有無し(極善人は直に浄土に生じ、極悪人は直に地獄に堕す故に中有無きなり)と説きたまえる故に、今言う所は中下品の業の人に就いて説くなり。
 さてまた七日七日に斎を設けて福を修することは、論にも「餘業を転ずべし」と説きたまうをもって中有の七日ごとの生死追福に佑(たすけ)られて業を転じて悪趣を脱(まぬが)れて善処に生ず。しかれば中陰の追福勤むべきことならずや(已上は『中陰経』『瑜伽論』による)。