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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】№101「よりどりみどり」

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 a 一書に曰く、「死亡した以上は成仏していただかねばならない。そのための中陰供養である。そして満中陰をもって成仏した、ホトケ、先祖霊となったので、これはなくなったことは兎も角としてお祝い慶事である。そこで数ある食物の中で、一番ありがたい美味なものとして、お餅を供える。餅のネバリは力強さ、霊力の象徴でもある。以後のお年忌も餅を供えるべきであるが、お持ちへの信仰が薄れてきた今日では、四十九日以外にはあまり振る舞われなくなってきた。きっとご先祖さまは寂しがってみえることであろう。そして此の四十九日のお餅は、法事終了後に一同で食べることになっている。これは神人共食・直会・陪食で、餅は霊力の象徴である。その餅を神仏に捧げ、法要後にそれを食べるのは霊力頂戴〈神人合一の為の儀式〉である」。

 b 或人の曰く、「んだ、四十九日来たら四十九の餅ってあげるもんだ。餅五十搗(つ)いでよ、寺さ持って行ったらまず門のそばのジンジョ(地蔵)さまさ向いで自分の背中の方さぶんと投げるんだ。その時後ろ見ればダメだど。後ろ見ねで後ろの方さぶんと投げだら、投げだ方も見ねでそのまま寺さ入って残った四十九の餅あげるやった。なしてそうするがってが? そんたごどおら知らね。昔っからそやってやったもんだ。あまり理屈つけねで、教えらいだ通りやるもんだでば」。

 c 一書に曰く、「中陰満了の日、四十九個の餅を供えて供養し、これを四十九の餅という。四十九の数は、おそらく中陰満了の数であろうが、餅は一定の大きさではなく、頭の鉢であるとか、膝頭であるとか、名くる数個の大なるものと多数の小なるものとからなっている。これは婆羅門教の行事が密教を通して入ってきたものではないかと思う。婆羅門教に火葬、収骨、供餅の三儀式がある中の供餅祭に起因するものかと思われる。供餅祭とは、火葬後の亡者を祖先位に到達せしむる為に、餅を供える祭儀で、その教義はピンダ、ウパニシャドに出ている。即ち
 亡者に祭餅の与えられたりとするも、精なきものいかでかこれを取り得べき。
 第一の祭餅に依りてその原子は集まり、
 第二の祭餅に依りて肉皮血は生じ、
 第三の祭餅に依りて慧生じ、
 第四の祭餅に依りて骨と髄とを生じ、
 第五の祭餅に依りて手指頭口を生じ、
 第六の祭餅に依りて心臓頸口蓋は生ず。
 第七の祭餅に依りて寿命を生じ、
 第八の祭餅に依りて言語の力を得、
 第九の祭餅に依りて諸根発生し、
 第十の祭餅に依りて汪溢せる力を得るなり。
 祭餅の与えられるや、一食毎に肉身は構成せられ行くなり。(ウパニシャト全書二)
 古来よりの伝承によって餅つくりの意味が符節を合するようである。
 また四十九の餅は法要終わってから親族の人達が、枡の底で切って塩をつけて食べる習慣があるが、何に基くかを知らない」。

 d  一書に曰く、「千葉県下では葬式当日の朝搗いて寺へ持って行くがこの時誰とも口をきいてはいけないという例や、四十九日に搗いて藁スボに入れて寺の本堂にそっと置いてくるが一つだけ持ち帰って鍋蓋の上で包丁で小さく切り刻み、法事に来た近親者や隣近所の人たちが塩をつけて食べるという例などがある。近畿地方や四国などでは四十九日に四十九個の小さい丸餅と平べったい笠の餅と呼ぶ餅を作り、小さい四十九餅の上に傘の持ちをかぶせておく。そして、笠の餅は近親者が引っ張りあってちぎったり一升枡の底に当ててちぎったりして隣近所の人たちと分けて食べるが、この時ちぎった餅の一方を屋根越しに投げてこれにより死者の霊魂は家を離れて墓地に落ち着くといったりしている。また笠の餅が胎盤で四十九餅が骨だというなど、これらの餅が人体に擬せられている伝承も西日本各地に点々と伝えられている。その意味についてはまだ明らかでないが、この四十九餅が死者の死後四十九日間の生命の象徴としての意味があることは確かであろう」。

 e 「今でも四十九の餅って作ってあげるもんだすか。うちの親父の頃はそんたごどやった記憶あるども、今だば自分の家で餅作るところもほどんどねしべ。よその人さ聞いだら饅頭もいいもんだって言うので、今日は饅頭持ってきたすよ。で、昔は寺さ入る前に後ろ向きにぼんと投げてくるもんだって言うども、今だば誰もやってねすべ。んだがら五十買ってそのまま五十持ってきたすよ。これでいすべ」。

 

 a 『津葬須知』滴禅会・井上編、2013刊。
 b 秋田県北秋田市住民、K・N氏、1979聴取。
 c 『禅家の葬法と追善供養の研究』松浦秀光著、1969刊。
 d 『日本民俗大辞典』新谷直樹稿、1999刊。
 e 秋田県北秋田市住民、K・N氏、2014聴取。※bのK・N氏の長男。