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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №102「率都婆(そとば)」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

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テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号44

 五輪の塔婆はこれ大日如来の三摩耶形なるがゆえに、麤(あら)く刻める小卒都婆なりとも如来法身の法界塔婆なり。または法界体性の標幟とす。彼の弥勒慈尊五輪塔を持したまうも、衆生所具の大日を示したまうなり(如法に開眼し、三密加持するときは塔婆即大日なり)。かかる貴き率都婆なるがゆえに、一たび見ても悪趣を離れ業障を滅する功徳あり。況んやためにする亡者をや。
 ○『秘蔵記』に曰く、「率都婆は鑁(ばん)の一字の所成なり」(鑁字に五転ありて即ち五字五輪を具す。ゆえに鑁の一字に所成と釈したまうなり。率都婆の裏書きに鑁の五転を五輪形に配り書くの習いはこのゆえなり。これに就いて重重の秘言あり。更に問うべし)。
 また阿卑囉吽剱(あ・び・ら・うん・けん)の五字の所成なり(この五字即ち五輪の種子なるがゆえに)任(ほしいまま)に取りて、一一に自性清浄心とも、真如とも、仏性とも、如来蔵とも、法性とも観ずべし(法身の法界塔婆なるがゆえに何に観じてもかなうなり)。
 ○私に云く、上み件の理趣あるをもって、率都婆は大小に由らず五輪に刻むべし。然らずんば功徳なし。
 問う、「世に略して宝形に刻むあり。これは功徳なきや」
 答えて曰く、「伝えて曰く、墓を塔廟と称する故に、このそとばを塔の宝形と取ると云えり。この伝えに依れば宝形のみ刻むもあるいは可なり」。
 問う、「古えより千本率都婆を立つるは何の縁ぞや」
 答えて曰く、「『菩提道場経』に曰く、“まさに一肘量の一千の率都波を作るべし、たとい五無間罪を造るとも決定(けつじょう)して菩提を成就することを得る”という(文)。
 また日蔵上人、冥府に遊んで延喜帝に逢う。帝、曰く、“天神の怨心もって仏寺を焼き人を害す。その罪報を我れ皆なこれを受けてこの鐵窟の苦を蒙る。汝、本国に帰らば王臣に奏して、我が為に千本の蘇都婆を建てて、我が苦患(くげん)を救え”と。日蔵、蘇(よみがえ)りてこれを立て、その地を千本と名づく。(洛陽の乾・いぬいの隅、船岡山のふもとなり。按ずるに『釈書』「日蔵伝」には一万本と云う。」
 ○諸秘釈には、率都婆十種の功徳出づ。また翻名等『名義集』に詳(つまびらか)なり。