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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

法具の密教的意義について その1

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法具の意味づけについては、これまでしばしば問われることのあったものの、梅花流ではそれを解説するものがなかった。それは真言宗所伝の御詠歌をもとに曹洞宗梅花流が発足した際、あえて採用しなかったのではないかと考えている。そのため今日の梅花流布教の現場には必要なものではないが、法具の由来を知るためには無用なものでもない。
 これを解明するためには、梅花流と密厳流の関係ばかりでなく、金剛流との関係についても留意しなければならないことがわかった。あわせて密教の事相に関する説明も重要になる。以下、数回に分けて述べていく。私自身も未消化な部分も少なくない。関心ある方々のご叱正を乞う。

(1)「金剛和讃」曽我部俊雄作

 金剛流御詠歌の密教的意味づけに於いて、おそらく最重要となるテキストが、昭和四年の秋、曽我部俊雄師によって作詞された「金剛和讃」である。以下にその全文を挙げ、つづいて解説を試みる。

帰命頂礼金剛界 智差別門の大日尊
四方四仏四波羅蜜 親近十六大菩薩
四天と賢劫千仏と 外金剛部諸天尊
わけて内外の八供養 四攝の菩薩は夫々に
適悦嬉戯と妙相と 歌詠遊舞の三昧に
如来自ら入り給い 嬉戯鬘歌舞の四菩薩と
現じて四仏に御供養を 捧げましゝを畏くも
内供養とは申すなり 香華燈塗の四菩薩は
遍満無碍と妙厳と 光明清涼それぞれの
四仏の三昧化現して 大日如来に御供養を
奉りしを貴くも 外の供養とは申すなり
鈎索鏁鈴の四菩薩は 鈎召引入さてはまた
鏁縛帰入の三昧に 入り給いてし御仏の
現われましゝ御名なり さても貴き御仏は
金剛流の御本尊 その本尊の御教えに
習いまつらん真心の 已むに止まれず今此処に
香華燈塗を供養なし 遊戯をなすは金剛嬉
世楽に耽る為ならず 首に掛けたる輪宝の
しるしと袈裟は金剛鬘 唱うる詠歌は金剛歌
さす手ひく手は金剛舞 さて詠唱の法具こそ
四攝の菩薩の表示とて 打ち込む鈎杖は金剛鈎
仏は衆生を召し給い 我等は仏を招くなり
控うる杖索は金剛索 その働きはさながらに
引入衆生の本誓に 契うと知るぞ嬉しけれ
鈴につけたる鏁房は 繋縛邪見の金剛鏁
打つ手も鉦も振る鈴も 大慈大悲のふところに
洩るることなく帰入せし 法悦歓喜の響きにて
金剛鈴と知らるなり かゝる有相の浄業が
誓願施与智恵精進の 四種の生活を聖化して
念定語黙行住に 一路向上退かず
やがては無相三密の 行ともなりて成仏の
深き根底となりぬべし わけて導師は遍照尊
二仏中位の大智識 斯土厳浄の大能化
金剛不壊の信あらば 攝取不捨との御誓願
拝め同胞吾が如来 仰げば同行吾が大師
かくて世のため国のため さて君のため家のため
浄き御国を荘厳し 宇宙の秘蔵を拓かなん
南無金剛曼荼羅尊 南無大師遍照尊