BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】№128 大きな声では言えないが、小さな声では聞こえない

 人さし指を口に当てる、このポーズ、「静かにして」という意味とともに、「内緒にして」という意味をも表す。本編では前者のつもりでつかったので、よこみちでは後者といこう。

 その1
 まだスマホなど出回る以前の頃、携帯電話の着信音をおもしろ半分に笑点のテーマにしていたことがある。
 ある結婚式に呼ばれた。少しだが遅れてしまった。ホテルの広間では披露宴が始まったばかりだった。新郎新婦はすでに入場し、広間の入り口は閉じていた。そばにいた係に、ちょっとすまんという仕草を見せて、そっとドアを開け半身を中へ入れた。
 ちょうど媒酌人の挨拶がこれから始まるようで、司会がそのことを告げ、来場者は高砂席を向いている。今ならだれもこっちを見ていない。チャンス。残った半身を滑り込ませようとした時だった。
 “チャッチャカチャカチャカ、チャッチャ♪”
 胸ポケットから軽快な音楽が静かな披露宴会場に鳴り響いた。どこかの会社の社長だという媒酌人が集めるはずの満場の視線は、メインゲートをくぐり抜けようとしていた私に注がれた。

 その2
 近所のお寺に葬儀のお手伝いで伺った時のことである。
 導師はそちらのご住職、両脇に同じく近所のお寺さんと私が侍る三人の僧侶による葬儀。開式後、ふだん通りにコトは運び、導師がタイマツを執って故人を荼毘に付す秉炬(ひんこ)という儀礼に及んだ場面だった。
 “ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ”
 会場内から携帯の着信音が響いた。あわてて自分の携帯を確かめるために胸へ手をやるもの、バッグの中を探るものが数人。しかし音は続く。
 “ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ”
 いったい誰だ、という顔をして辺りをふり返る者、まったく迷惑なことだと言わんばかりに眉をひそめる者。タイマツを回し始めた導師も、しばし空気が落ち着くのを待っているのか動きを止めている。
 “ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ”
 おいおいいいかげんにしろよ、とでも言うように失笑する者も出始めた時だった。
 「ああ」
 ふと思い出したような声を挙げて導師が自分の法衣の袂から鳴り続けている携帯を取りだし、“ピ”と音を止めた。
 ど、どうしたらいいの・・、という空気が一瞬で堂内を占拠した。
 ところが導師は、まったく悪びれるようすもなくさっさとタイマツを回し始めた。