BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【世読】No.11 「候(そうろう)」巻一〈倭文用語類〉(web読書会『世説故事苑』)

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『釈名』に「候は護なり。諸事を伺するなりとなり」然れば候はウカガウなり。倭俗の書札に詞の末には必ず候(そうろう)と云うは云下たる事ヶ様(かよう)なり。如何が思召ぞと先様の気をうかがう意なり。『壒囊鈔』にもこの義を叙ぶ。余嘗て人に聞けり、候(そうろう)は日本の助語辞なり。この辞を置かざれば文を成せずと云えり。まことに聞こえたり。

よこみち【世読】No.10「す、スキが・・」

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「追って沙汰あるを待て」
 〈沙汰〉なんて聞くとついこんな時代劇がかったセリフを思い浮かべてしまう。でもあらためて沙汰の着く言葉を挙げてみると、
 刃傷沙汰、裁判沙汰、警察沙汰、色恋沙汰、新聞沙汰、沙汰止み、沙汰無し、音沙汰、御無沙汰、正気の沙汰、キ××イ沙汰、地獄の沙汰も金次第、取りざたするのしないの・・と。存外に多いことがわかる。そのもとを質すと本編で言うように、ものごとの道理を分明ならしめていくことにあるという。
 にしても今回の本編、『杜詩集注』の注釈に始まって、公儀の用語に及び、当世の用例にコメントするという、的確にして簡明なことといったらじつにシャープというほかない。実際に〈沙汰〉について調べてみていざまとめてみようとなると、子登の記述は現行の他の類書よりも頭ひとつ抜け出ている観がある。「群書に多く出ず」という短いコメントも、こりゃかなり読んでるなとうかがわせるに充分だ。そのスキのなさに、今回のよこみちは大いに遅れを取っちまった。

【世読】No.10「無沙汰(ぶさた)」巻一〈倭文用語類〉(web読書会『世説故事苑』)

ご・ぶ・さ・た・ね  ♡

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  沙汰とは『杜詩』に曰く。「江河の濁るを沙汰す。」『集註』に曰く。「沙汰は篩(ふるい)を以て沙(いさご)を貯わえ、その細かなるを去りて、その大なるを存するを汰と曰う」[已上]
  言う心は物の道理を別つこと沙を汰(ゆり)て細かなるを去り、大なるをおさむる如くにす、これを沙汰と謂うと。これに依て公儀の判断を沙汰と云う。[群書に多く出づ]
倭俗世間の人の判断を世間沙汰と云うはきこえたり、風説を沙汰と云うは不可なり。その謂(いわれ)なし。また無沙汰というは上の字義に依るに理非別ざる体をいうなり。故に無礼するを無沙汰するという。善く聞こえたり。

よこみち【世読】No.9「硬派の王道」

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 和語としての「かたじけない」の説明には、恭・辱の字が充てられ、「高貴なものに対して下賤なことを恐れ屈する気持ちを表す」とある。恐れ多い、面目ない等にならんで、分に過ぎた厚意を受けてありがたくうれしい、とある。ここには「私のように低い身分のものがこんなにたくさんいただいちゃってもうしわけないけどありがたい」という、いわば「ほんとはラッキー」というプラスのニュアンスがある。
 これに対して『世説故事苑』の言うところは、「いや私にそんなご恩を受ける資格はありません、とんでもないやめてください」というマイナスのニュアンスだ。この二つのニュアンスの分岐点は「ラッキー」があるかないかである。
 ここで思い当たるのが『正法眼蔵随聞記』に見える道元の言葉。
 たとえば巻三のある夜話ではこんなことを話している。

 唐の太宗の時、魏徴奏していわく、「土民、帝を謗することあり」。帝のいわく、「寡人、仁ありて人に謗せられば愁いとなすべからず。仁無くして人に褒められばこれを愁うべし」。
 俗なおかくのごとし。僧はもっともこの志あるべし。慈悲あり道心ありて愚痴の人に謗せられ譏(そし)らるるは、くるしかるべからず。無道心にして人に有道と思われん、これをよくよく慎むべし。

 自らに徳あってそれが人に伝わらずに非難されることなど気にしない、しかし自らに取るところ無くして人がそれもわからずに褒められるようなことあればそれは厳にいましむべきこと。『世説故事苑』に言う「辱」の意味はまさにこれだろう。「ラッキー」などという心の浮わつきはつけいる隙も無い。

 道元はまた言葉を換えてこのことに触れている。同じく『正法眼蔵随聞記』巻三の一節。

 真実、内徳なくして人に貴びらるべからず。この国の人は真実の内徳をば探りえず、外相をもて人を貴ぶほどに、無道心の学人はすなわち悪しざまに引きなされて、魔の眷属となるなり。

 鎌倉時代道元の言葉は、現代の「この国の人」にもあてはまりそうだ。その人の内実を見透せず、外面だけでちやほやする。それを実のない人間はうかうかとその気になって、あれこれと翻弄され、どっぷりと誤った境涯に落ち込んでそこに住む連中と同化してしまう。
 このあたり子登もなかなか硬派ですね。

【世読】No.9「辱(かたじけなし)」巻一〈倭文用語類〉(web読書会『世説故事苑』)

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 『書言故事』一の注に曰く。「辱は恥なり。徳無きに極めて厚恩を承くるを恥づ。」
○この意は譬えば金子くだされて辱(かたじけない)と云うときは某、御辺に対してケ程厚き志を受くべき恩のおぼえ無き故に辱入(はじいり)たと云う意を辱(かたじけなし)と云う」となり。或いは忝の字を用う。忝は辱なり。訓にて義同じ。

 

よこみち【世読】No.8「亡者の集い」

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 このたびの「参(サン・まいる)」だがちょっと見てみるとかなりツッコミどころの間口が広いもののようだ。
 たとえば和語としての「まいる」。どこそこへまいる、という本編の言い方のほかに、すぐ思いつくのは「いや~、まいっちゃったよ」という言い方。他にもいろいろありそうだが、そのあたりはちゃんと辞書がカバーしている。詳しい紹介は省くけれども、元来は貴人のところへ下位の者が行くことを言う謙譲語だったものが、だんだん敬う意が薄れてきて「まいっちゃったよ」という方向へ語義が流れていったものらしい(『日本国語大辞典』「まいる」項参照)。
 これに対し漢語の「参」。『諸橋大漢和辞典』によれば、
 一、1)みつ(三)、2)三者立ちならぶ、3)たちならぶ、4)まじはる、5)あづかる、6)かねる、7)こもごも、8)まうでる、9)~18)略。
 二、1)星宿の名、2)ながいさま、3)斉しくないさま、4)鼓を撃つ法、5)人参、6)姓。
 三、1)多くのものがしたがひつづくさま、2)略。
 とその語義はまた多様である。ここで和語と漢語のちがいを取り上げるのも一手なのだが、それよりも気になることがある。
 それは『世説故事苑』が、参の意について「謂く幽顕皆な集まり神龍並び臻(いた)る。既に聖凡間(へだ)つること無し豈に輙(たやすく)僧俗を分たんや。ここを以てこれを参と謂う」と結論づけている点である。これは『世説故事苑』自身が言うように『祖庭事苑』巻八を典拠としている。この本は宋代の禅語辞典と言えるもので、この中の「小参」という項目にこの文章がある(じつは日本の無著道忠による『禅林象器箋』が「小参」について同じ引き方をしているので、子登はこっちを見たのかもしれないけどここではどっちでもかまわない)。
 これの何が気になるのかというと、「幽顕皆な集まり神龍並び臻る」というところなんだ。これはつまり「幽顕」すなわち幽界(あの世)の者も、顕界(この世)の者も、さらには人間ならぬ神龍たちも群れ集まってくる、という意味じゃないだろうか。それが「参」だというのである。この解説はさきほどの『日本国語大辞典』にも『諸橋大漢和辞典』にも見えないものだった。すでに見たように子登のオリジナルでもなく宋代の禅籍に見えるものだ。はたしてこれを「参」の中国的理解だとか、インド以来の仏教的発想によるものだとか言っちゃっていいのかどうか解らない。もしかするとすでにこれについて調べている人があるかもしれないけど、いまのところそっちは当たっていない。
 でもおもしろいなと思う。
 どうしてここで「幽界」のことまで引き合いに出てくるのだろう?
 『祖庭事苑』の立項には(『世説故事苑』に見たように)早參・晚參・小参を出し「是皆以謂之參」とするが、ということは禅僧の力に関わるものなのだろうか?
 そう考えると和語と漢語の語義の拡がりよりも、なにか奥深い「参」の意味にたどり着きそうに思うのだが、残念ながら今の時点ではここまでの思いつきで「まいった」と言うしかない。
 乞う、賢者のご教示を。

【世読】No.8「参(サン・マイル)」巻一〈倭文用語類〉(web読書会『世説故事苑』)

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これも禅家より出たり。禅家に朝の上堂を早参と云い、暮に看経するを晩参と云い、不時に説法するを小参と云う。総じて和尚に拝謁して法を問うを参ずると云う。
今俗に彼(かしこ)に到るを参すると云い、参(まいる)と云うこれに依ってなり。参の字義はまじわると云う義なり。故にまじわりにいたると云うを中略して参の字をまいると読せたり。[この訓正しく参詣の二字なり]次下に引く『事苑』の釈を見ばこれ等の義善く会すべし。
○『祖庭事苑』八に曰く。「禅門詰旦に昇堂す、これを早参と謂う。日晡に念誦するこれを晩参と謂う。非時の説法これを小(しょう)参(さん)と謂う。それこれ皆な以てこれを参と謂うは何ぞや。曰く“参の言為(ことたる)それ広くして且つ大なり。謂く幽顕皆な集まり神龍並び臻(いた)る。既に聖凡間(へだ)つること無し豈に輙(たやすく)僧俗を分たんや。ここを以てこれを参と謂う」。