BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

2017-05-01から1ヶ月間の記事一覧

よこみち【真読】№125「五体投地」

祖父の真前にお参りをしたいと、生前親交のあったご老師がお見えになった。黒衣に木蘭色のお袈裟に改められたご老師を、開山堂に並んでいる歴代住職の位牌の前にご案内した。ご老師はおもむろに礼拝をし始めた。座具を展べて両膝を着き、両手を仰向けて床に…

【真読】 №125「礼拝」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号54 仏を礼するに三拝をなさしむるは『智度論』に曰く、三毒を滅し、三宝を敬い、三身を求め、三界をなす等と(『義楚六帖』)。 ○『増一阿含経』に礼拝の五功徳を説きたまえり。 一には、端…

よこみち【真読】№124「聖なる場所」

「道場」という言葉が「聖道を証する所」にもとづく言葉だと知ったのはこの本編が初めてだった。それより先に「剣道場」や「空手道場」などの用語に慣れていたのでごく一般的に、武道をならう施設、という解釈をしていた。本編の引く『西域記』がオリジナル…

【真読】 №124「道場」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号53 仏の在(いま)す處を道場と云うは、『西域記』第八に曰く、賢劫の千仏、金剛座に座し金剛定に入りたまう。聖道を証する所なればまた道場という。 ○按ずるに、秘軌の中には本尊の在す所…

よこみち【真読】№123「教えてSiri」

とても初歩的なことのように思えていささか恥ずかしいのだけど、正直に話してどなたかに教えていただこうと思う。 うちは曹洞宗のお寺だけど、庫裏の中に仏壇があって、そこには私の祖父母ほか亡くなった親族の位牌を祀っている。で、そこを「お内仏」と呼ん…

【真読】 №123「内持仏堂」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

問う、吾が邦、本堂の外、方丈あるいは寮の内に仏像を安じて内持仏堂と云う、これ本拠ありや。 答えて曰く、義浄の『南海寄帰伝』に出たり。彼に云く、僧房の内、尊像を安ずることあり。あるいは窓上において、あるいは故(ことさら)に龕を作る。食坐の時、…

よこみち【真読】№122「折々の愉しみ」

会えない人を「思い慕い」てその姿を絵図・形像に再現し自分のそばに置く。本編のfbアップにもコメントいただいたように、その行為は釈尊に限らず、この世に生きる人たちにも共通するものだろう。 だが私は今回の本編を読んで、特に引かれたのは『西域記』の…

【真読】 №122「仏像を安置す」 巻五〈雑記部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号53 木像・絵像を礼拝恭敬することは全く如来在世の尊を拝するに同じ。ゆえに仏滅後、絵・木の像を安じて拝せしむ。 『円覚経』に云く、もしまた滅後に形像を施設して心に存し、目想し、正臆…