LOST
8月5日の夜。
近年では珍しい50人になろうとする参加者となった「子供禅のつどい」。当番会場のうちでは子供たちも寝静まり、缶ビールで始めた夜参も店じまいして部屋に上がろうとすると、まだ起きていたこいつが鼻を鳴らしながら足元にすり寄ってくる。「水が飲みたい」「外へ行きたい」のサイン。
一回りしてこようか、と、玄関を開ける。
ととと、と脇をすり抜けて外へ出る。いつものように玄関そばの水入れねらい。水音立ててかつえたように水を飲み、その様子をたしかめながら首輪にリードをつける。その間逃げてゆくことはない。いつもなら。
その時はどうしたことか、ととと、と暗がりの先にゆっくり駈けて行ったままなかなか戻ってこなかった。いや、その夜はついに戻ってこなかった。
これまでであれば、いったん家に戻っていると、ほどなく玄関先に帰ってきて、鼻を鼻を鳴らしながら前足で玄関ドアをひっかく音がする。
それがないまま夜が明けた。
待っていただけではない。11時頃から一時間半ほど付近を捜した。いったんあきらめて寝た。
翌朝、4時に目が覚めた。
また付近を歩く。
一緒に歩いたあぜ道。立ち止まって一緒に除いた橋下の川面。落っこちそうになって慌ててリードを引いた側溝の崖っぷち。
禅のつどいの朝のプログラムが始まる時間を迎え、寺に帰る。
まだ帰っていない。
道路に転がるかたまり。せき止められる側溝の水。黒だかりのカラスの群れ。
考えたくもない情景ばかり脳裏に浮かぶ。
朝の坐禅中、頭の中にあったのはそればかりだった。
16歳の高齢犬。
血統書はいいから、と一万円で手のひらに載るような子犬を飼ってきた。
末娘が一番かわいがっていた。
「わん」ときちんと鳴けない。そうわかったのはずいぶん後のこと。くおん、くおん、と切なそうな声を出す。となりのサイレンの音がすると、決まって変な遠吠えで合唱。
律儀で忠実というのだろうか。冬の寒気にかわいそうだと屋内に入れた頃は、一シーズン、家にいる間は、ほとんどソファの敷物の上から動かずに過ごしていた。
反抗的な態度を取ったことは一度もない。
あとから加えたトイプードルに比べるとそのできの良さは対照的なくらいだった。
こうしてPCに向かっている夜、また玄関前でかりかりしていてくれたら・・・。