読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №63「年忌の追福」 巻三〈祭礼部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号32

f:id:ryusen301:20151226090500p:plain

 問う、「人、死して初七日より七七日までの追福は、内典に出たり。中陰以後、一周忌、三年忌ないし三十三年などの事はいまだ考えず。これ本拠ありや」。
 答えて曰わく、「これ経軌の本拠にあらず。聖徳太子の『礼郊本紀』(旧事本紀第五十三)下巻に出たり。かしこに曰わく、“奠供は、古は牲膳、今は斎食。仏に依ると、神に憑(よ)るとなり。奠諷は、古は鬼則、今は仏経。理に依って時を憑(たの)む。奠日は、古は年にあり、今は月にあり。
 弔奠の儀、第七日、第二七日ないし第七七日、第百箇日、第三年、第七年、第十三年、第十七年、第三十三年、第四十年、第五十年と、第六十年とは、天子より諸士にいたるまで一同にして、子、亡ずるときは、孫代わる。
 第七十年、第八十年、第九十年とは、天子より九卿にいたるまで一同にして、子・孫・曾孫におよぶ。
 第一百年、第百十年、第百二十年とは、天子より三公にいたるまで一同にして、子・孫・曾孫におよぶ。
 第百三十年、第百四十年、第百五十年とは、天子より諸王にいたるまで、
 第百六十年已下は、ただ天子のみこれを修す”」。
 ○私に曰わく、已上はある人の引くを見て写すものなり。この書を求めて詳らかにすべし。強いて年忌の明らかなる本説を尋ねば、上の條に引く『釈門正統』の文を出すべし。