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BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

【真読】 №103「石塔」 巻四〈送終部〉(『和漢真俗仏事編』web読書会)

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テキスト http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818707 コマ番号45

 墓石の本説は『西域記』に云く、「表を立つ」と。
 『寄帰伝』に云く「作倶攞はみな塼石を畳んでこれと為す。形、小塔の如し。上に輪無し。けだししばらく塔を立てるに三の意あり。一には、人の勝れるを表す。二には、他をして信を生ぜしむる。三には、報恩の為なる。
 しかれども等級あり。もし初果は一級、二果は二級、三果は三級、四果は四級、三界を超えることを表すなり。辟支仏は十一級、いまだ無明の一支を超えざるを表するが故に。仏塔は十三級なり。十二因縁を超えることを表するが故に。もし凡夫の比丘も徳行ある者は、また塔を立てることを得る。すなわち級無し」。
 『僧祇』に云く、「持律の比丘法師、営事の比丘、徳望ある者、まさに塔を立つべし」。
 『五百問』云く、亡師のために塔を立ることを得る、自物を用ふることは得(よ)し。師物を用いることは得(よ)からず。
 ▲石塔に銘記を書きしるすは、過去迦葉仏の時に始まる。『仏本行経』に見えたり。
 ○『白氏六帖』に云く、「孔子の喪に、公西赤、識をつくる(識は銘の誌なり)。子張が喪に公明儀、識をつくる」(文)と。
 また宋の嘉元十一年(434)、王球死す。石誌を立て、顔延之、文をつくる。今、二師、実に徳行・名業あり。また宜しくこれを識すべし。僧伝の張本となる故なり。