BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

正法日本建設運動 - 戦後曹洞宗教団の布教教化方針について(4)

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 曹洞宗行政の首長たる佐々木宗務総長の方針は、当時、曹洞宗教団を支えるそれぞれの分野のトップにも支持されたようです。たとえば次の例は昭和二十七年九月に発せられた曹洞宗管長のものです。

    教諭
 茲に吾が曹洞宗に於いて正法日本建設教化運動を展開するに当たり宗門の僧侶及檀信徒各位に告げる
 国民の待望せる講和条約は既に発効し祖国日本は独立を回復し再出発を見たるは同慶の至りである しかるに国民の生活未だ安定せず思想の動揺なお止まず現状のまゝ推移せば新日本建設の大業達成は望みがたい 是れ私の深く憂慮するところである
 仍って民心を振作し社会の秩序を将来することは当面の急務であり又国家再建の基調である 是れ正法日本建設教化運動を展開し国民をしてこれに随順せしめんとする所以である
 正法は大聖釈尊の正覚し給うところにして高祖大師之を顕揚し太祖大師之を紹述し給う宇宙の真理であって人心の帰趣生活の根底をなすものである 而してこの教化運動徹底するところ明るい日本正しい信念仲よい生活を実現し仏国土たらしめんことは私の念願である
 願わくは同信の各位この衷情を容れて是に協力し之を達成しめられんことを望んで已まない
   昭和二十七年九月一日
                管長 高階瓏仙(宗報・二七一一・通巻二一一)

ここにおいて、正法の語の定義も、正法日本建設運動の主旨も、ほぼ総長のものと軌を一にしていることがわかります。
 この年の暮れ、佐々木総長は一年の宗務行政を総括する中で、正法日本建設運動の確かな手応えを感じていることを述懐しています。

   昭和二十七年の回顧
                           宗務総長 佐々木泰翁
 昭和二十七年も将に暮れんとしている。顧みるに、今年は寔に多事の年でもあったが、又多彩の歳でもあった。(中略)
 次には正法日本建設運動であるが、昨年度は大遠忌奉讃の教化運動を全国に展開して顕著なる成果を収めたのであるが、今年はこれを承けて教化の目標を「正法日本の建設」に置き、管長自ら、陣頭に立たれて目下全国に実施中である。これ両祖の正法を基調とせる精神復興を促し、以て「明るい日本、正しい信念、仲良い生活」の実現を期するものである。而して数種の宗意安心解明書の頒布、曹洞伝道の発行及び詠歌の振興は、この運動の一翼として所期の目的を達しつつある。(後略)(宗報・二七一二・通巻二一二)

 この翌年からは、『曹洞宗報』の巻頭ページ中央に太字で「正法日本建設運動 明るい日本 正しい信念 仲よい生活」と記されるようになります。三つの標語は、曹洞宗教団の統一のスローガンとして定着するのです。同年一月号の巻頭は管長・高階瓏仙禅師の文章です。

 再建日本最初の新年
                                管長 高階瓏仙
 私共は、終戦以来敗戦のため、満六ヶ年間の永い苦難に堪えて、昨年四月二十八日を以て講和が成立して、茲に再建日本として独立の光輝を発する国となった。此時、たまたま昨年は日本として珍らしく我等には記念すべき歳であった。それは第一に、我が宗では高祖大師の七百年大遠忌、日蓮宗は開教七百年、仏教が伝来して千四百年、聖徳太子が位冠制定をなされ、人物登庸の道を開かれてから千三百五十年、奈良の大仏が開眼されてから千二百年、菅公の千五十年祭、明治天皇御生誕百年と云う様に、珍らしく尊くも記念すべき年を迎えていたことは、日本の機運が一転して、焼け木より新しき記憶の新芽を国民の頭に発生した様である。
 (中略)ところが、国民精神と言えば、直に戦争魂の様に思われる戦時の惰力が残っている様であるが、そんな精神の古傷は早く治す必要がある。もう一つ奥に内在して居る人間の本魂がある。それが仏教で云う仏心である。
 この仏心こそ世界人類の共有している本性である。それを釈迦牟尼仏が体験せられたから仏心と云うが、要するに人間の本魂である。人類が此の本性を自得して、発揚すれば皆な仏となれるから、世界の人類が皆なここに眼を開けば、平和は自然に実現する。然れば原子爆弾とか、水爆とか、国連とか血眼に成って辛労する必要など無い筈である。併し今これを世界人に要求した処で、宗教の違う世界の人達にはわからん、それで先ず大乗仏教の相応する我が日本人がこの心に目覚めて、世界に平和の垂範となり、内には真に安定する平和日本を実現させ度いのである。その仏心の開発に指導教化を始めたのが、本宗の正法日本建設運動である。依て宗門の僧侶は勿論両祖の宗風に帰趨の因縁を有する。善男善女と今年は大いにこの運動の効果を上げることに協力してもらい度いことを、特に再建発足の意義ある年頭に当たって切望する。(宗報・二八〇一・通巻二一三)

 さらに永平寺の佐藤泰舜禅師もこの運動の一翼を担うことになります。佐藤禅師は三つの標語を「公明・中正・和合」という三つの理念に比定して独自の敷衍をしています。

   正法日本の提唱
                                  佐藤泰舜
  一
 宗門本年度の教化目標として「正法日本」の建設が提唱されている。今や日本は自主独立を回復して、新に独自の国民的理想を掲げて、間違いのないそして壊れない新日本の建設に精進せねばならぬ。(中略)
  四
 正法日本を目印しとする日本の国格を、公明、中世、和合の三徳によって規定するならば、それは新憲法の精神を深め、日本独自の国家理想を標示とすると同時に、正法国家、正法世界、正法国土として、世界人類と法界万有とに遍通するものである。因みにこの国格という言葉を、曾ての国体という語に代わって、人格、人がらなどと連想して、国がらと読み用いたらどうであろう。
 この公明、中正、和合の三徳は、正法日本について宗門の選定した三つの標語「明るい日本、正しい信念、仲よい生活」の意味を、大体に於いて抽象化したものと見ることが出来る。そしてこれを敷衍し解説することによって、仏教の本義にも触れてくるし、世界的に妥当して而も独自な国格を示す新日本の目印となることが明らかになるであろう。
         公明にして暗い影がない …… 明るい日本
   新日本の国格  中正にして一方に偏らぬ …… 正しい信念 正法日本
           和合して互いに争わぬ  …… 仲よい生活         かように解明してきた正法の意味は、布教教化方面の立場に於けるものであるが、その真実、純一、正にその者という意味を押して行けば、やがて宗義の偏位に即しつつ、第一義の絶待、全一、如是の法に通じて、本来如然に円通する妙法となり、円満無碍の一実円相となるのである。
 しかし正法日本を新日本の目印として掲げる時には、宗意や仏法を超関脱落し、宗我の手前味噌を洗い落として、唯正法による正法日本の徳を讃し味うべきである。(傘松・二八〇一)

 佐藤禅師の例は、その教化理念の当否を言うよりも、正法日本建設運動の具体的布教バリェーションの例として捉えたいと思います。次に掲げるのもそうした多彩な展開例のそれぞれと認められるものです。

   歳旦清話
                                  久我尚寛
  明るい日本
 明けましてお芽出度うございます
 さて「明けましてお芽出度う」とは誰でもが新年頭に交わす言葉でありますが、昨年度に於いて独立国としての待遇を受け、新生日本の象徴たる皇太子立太子式の祝典を挙げた我が日本にとっては、今年こそ「明けましてお芽出度う」と云う言葉が明るい期待を以て迎えられる歳であると思います。(中略)
  正しい信念
 一年の計は元旦にあり
 古来云い慣わされた言葉でありますが、正しく元旦は一年の事始めであり、スタートであります。競争でもスタートで遅れればそれだけゴールインが遅くなる訳で、スタートが大切であります。(中略)
  仲よい生活
 元日や 何は無くとも 親二人
 新年を迎えて、たとえ貧しい生活の中にも両親揃って健在であることを寿ぐことの出来るほどの幸福はありますまい。(後略)(宗報・二八〇一・通巻二一三)

 人類の文化と釈尊の教 ‐涅槃会に因みて‐
                                  高崎直承
 二月十五日は、大恩教主釈迦牟尼世尊が、クシナーラ城外、沙羅の林において、人寿八十歳をもって、おかくれ遊ばされた聖日であります。
 (中略)この恐るべき社会の傾向を憂慮いたしました我が宗門に於きましては、ここのポスターにもありますように、『正法日本の建設』という教化運動を全国的に展開いたしておりますが、正法とは釈尊の御教であり、所謂、人類最高の文化遺産であります。この釈尊の遺産を一人でも多くの人々に頒ち与えて、平和で幸福な明るい日本、仲よい世界の実現に寄与したいとの運動であります。 
 皆様方が、釈尊の御教を信じて、まずづ自分の家庭を明るくし、家族の方々が、仏心をもって、仲よい生活をすることから、この運動を始めていただきます。それが取りも直さず、釈尊に対する報謝の正しい道と信じます。(宗報・二八〇二・通巻二一四)

 二つの事例が語るように、この当時、布教法話においては、それが年頭法話であっても涅槃会法話であっても、あるいはここに挙げませんが達磨忌法話や開山忌法話であっても、くだんの三つの標語が欠かせぬ主題として取り入れられていたようです。(※なお、この口頭発表の後日、「京都府・西方寺様にて高崎の法話に登場する「正法日本建設」のポスターの実物を確認することができました)