BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】№140「クスリの効果」

 仏教で薬と言えばすぐ思い出されるのが薬師如来。あの左手にもつ薬壺について12世紀の真言密教書『要尊法』中に次のように見える。
「法界定印上有藥壺。壺内有十二大願妙藥放十二光照。施主身遇此光者除病延命」(大正蔵78、194c)
 ここにある十二種の大願とは、
 光明普照(自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く)
 随意成弁(仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる)
 施無尽仏(仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す)
 安心大乗(世の外道を正し、衆生仏道へと導く)
 具戒清浄(戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける)
 諸根具足(生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす)
 除病安楽(困窮や苦悩を除き払えるよう援ける)
 転女得仏(成仏するために男性への転生を望む女性を援ける)
 安心正見(一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける)
 苦悩解脱(重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける)
 飲食安楽(著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く)
 美衣満足(困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施。)
というものらしい。言わばもろもろの衆生の苦悩を救う「妙薬」というわけだ。
 本編で紹介されていた晋の高僧・法開は、なぜに医術を用いるのかと問われ、、「六度を明らめて以て四魔の疾を除く」と答えていた。六度とは六波羅蜜のこと、すなわちち布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧を言う。四魔とは仏道修行を妨げる四つ、すなわち煩悩魔、五蘊魔(身体的苦悩)、死魔、天魔(善行の障碍)を言う。
 薬師如来と法開、いずれの場合も医薬を用いる理由に、衆生救済の目的に基づくことかくのごとしである。
 で、ここからちょっとくずしにかかるのだが。
 薬というものは、ことほどかように人々がこうありたい、こうなりたいという祈願に応えるべきものとしてあるわけだ。となれば、それはなにかの疾病の治癒という目的を越えて、ふつうであれば果たせない願いごと希みごとを果たすための、それこそ「妙薬」という役割も求められることになる。
 本編の挿画にハリーポッターの一場面を借りたが、あの物語に登場する薬の数々はその名も「魔法の薬」。身体を透明にする、誰かの好意をひきおこす、時間を自由に移動する等々、治病という行為を逸脱してその効果が展開するものだった。そんな「魔法の薬」の伝統が日本の宗教の中にもある。
 おそらくこういう傾向の話になると、山奥で怪しげな薬を調合する仙人などを想像する人もあるだろう。その源流をたぐると、中国の道教などが思い浮かぶだろう。ハリーポッターの背景にあるヨーロッパの魔術の伝統も洋の東西こそ違えども同じ流れになるのだろう。
 話を戻そう、日本の場合である。道教の影響も受け、仏教と神道双方の影響も色濃く受けつつ、なお独自の展開を果たした修験道にその事例がたんとある。そのいくつかを見てみよう。
 以前、なかなか別れられない男女の仲をきれいさっぱり別れることのできる呪いとして紹介した「離別法」を載せている『修験深秘行法符呪集』がその一つである。
 http://ryusen301.hatenablog.com/entry/2017/11/02/114932
 同書の紹介はその時の記載にゆずり、まずは実例を引こう。
 一つめは「乳不出吉符形之大事」である。母乳の出の悪い時の対処法のようだ。
 
 「妙法蓮華経」。この文を書いて符にして、蘂を一束に切って、天目に三盃の水を入れ、七分に煎じて呑むべし。祈念には水神の呪弊を切って粢を供し、能く能く祈念すべし。秘事なり。

 とある。
 次の二つは内服薬ではないが、恋愛成就に関わるものである。
 はじめに「千手愛法」。

 鴛鴦(おしどり)一双、生きながら鳥尾を抜き、雄鳥の尾には夫の姓名を書き、雌鳥の尾には妻の姓名を書く(共に朱砂を以て之を書く)。その書き様は尾の茎の右の方に姓を書き、左の方に名を書く。かくの如く書き了り、文字の書きし方を相合わせ、糸を以て本を結び、紙を以て之を包む。上下を捻(ひね)って、仏眼真言を誦し、次に千手陀羅尼五十遍誦す。之を加持して結願の後、紙を以て之を巻き、続飯(そくい:飯粒をつぶして作った糊)を以て之を封ず。続目の上下に(梵字)字を書き、その中に(梵字)字を書く(合わせて三字なり)。かくの如く書き了えて、施主の許(もと)に送り、その頸(くび)に掛けしむる。
 右は、男女相背く時これを作るべし。これ敬愛の法なり。
 『千手千眼合薬経』に云く、「もし夫妻不和の形有りて、水火の如くならば、鴛鴦(おしどり)の尾を取りて、大悲心の像の前に於いて、呪すること一千八遍して身上に帯びよ。彼此歓喜して終身相愛してこれを敬う云々」。
 この作法、すなわちこの文意に依れり。

 次に「恋合呪」。

 紙にて人形(ひとがた)二つ調え、男女の姓名、干支年を書き、二つ向き合わして糸にて能く能くくくり包み、上に左の通り書き、
 「 伊弉諾尊
       猿田彦明神
   伊弉冉尊      」
 愛染の真言を唱えて祈念し、左の歌をよみ
 「世の中は三つよの神のちかいにて
   をもふあいだの中とこそ(梵字五字)」
 右、人形の守りを、思うさる方へ一夜枕にせしむべし。

 以上である。
 『修験深秘行法符呪集』は修験道当山派の所伝。本山派にもおそらくは似たような所伝があるかもしれない。これのみならず修験道そして仏教各宗の周縁的領域には、「深秘行法符呪」に関わるものが伝えられており、そこでは人間のあらゆる希求・願望に対応する「秘事」がまことしやかに語られている。残念ながらそれぞれの実効性を証明する実験データについては、寡聞にして知らない。
 どうぞ心に思うところある方はお試しいただきたい。効き目無くてもともと、もしやひょっとしてお互いに「彼此歓喜して終身相愛」の仲になれるならもうけもの。あるいはなにかの障りあってこじれた仲になったとしても当管理人は一切関知しないけれど。