BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【世読】No.5「珍獣」

はたして『世説故事苑』選者の子登は知っていたかどうか、禅宗で「珍重」と言えばまっさきに思い浮かぶのが法戦式の場面だろう。結制安居のクライマックス。座中より選ばれた首座和尚相手に、血気盛んな修行僧達が語気も鋭く次々と法問を挑んでくる。それをちぎっては投げちぎっては投げのアクションヒーローよろしく、気迫に満ちた報答で応じてゆく首座和尚。まさに結制修行の花形場面。禅宗のお坊さんなら誰もが経験している場面だろう。
 いく度かの問答の最後、問者は「珍重(ちんちょう)」と結ぶ。〈すばらしいお答えをいただきました。どうぞこれからのご修行もお体に気をつけて無事の円成を迎えられますことを〉という気持ちを含む。これに対して首座和尚の結びは「万歳(ばんぜい)」。〈ありがとう。あなたと問答を交わすことによってここに一つの禅の教えを現成することができた。しっかりがんばります、あなたもどうぞお達者で〉という気持ちを含む。(※どちらもかなり盛ってますが)。この「珍重」「万歳」をいくつも重ねてゆくのが法戦だ。
 さてあるご寺院で法友の結制式に随喜した。その法戦式に臨んだ時のことである。
 首座和尚は僧堂安居中ということで威儀進退も凜としたもの。精悍な容貌も相まって、並み居る若い僧侶達と交わす法問の応酬も充分な気迫がみなぎっていた。何人目かの問者の時だった。畳みかけるように交わす法問の最後、問者が言った結びの言葉は法堂に詰めかけた大衆の誰もが聞き慣れない言葉だった。
 「ちんじゅう」。
 いったい何が起こったのかとっさに判断できないまま、それでも首座和尚は法問のシナリオを進めなければいけない。
 「万歳~!」。
 やや遅れて堂内はちいさくどよめいた。コトの次第に気がついた座中の僧侶達はおそらくみな思ったに違いない。〈珍獣???? いや、どうして誰も事前に教えてあげなかったのだろう〉と。

 註1:この話、盛っても作ってもおりません実話でございます。
 註2:この話、失敗したことを茶化したり笑おうとしたりするものではありません。法要に臨む周到な準備の大切さを、誰よりも私自身再認識するためのものでございます。