よこみち【真読】№13 「門番たるもの」(注:カド番ぢゃないよ)
セコムの防災・防犯システムに加入すると、出入り口にセコムのシールが貼られる。これって実際のオンラインシステム以上に防犯の効能が高いんじゃないか、とセコムに加入した寺の住職が思っているという、なんだか信憑性のありそな話。
というのはただの枕でありまして。
さて、屋宅の入り口に立つ者の役割は二つ。
ひとつはワルイモノの侵入を防ぐ。
もうひとつはイイコトへの誘惑。
この二つ、後者の方がたとえ危うさがあったとしても魅惑的なのは当然だが、ここでの課題は残念ながら前者である。
本編で「ワルイモノ」とされているのは「疫病」や「邪気」だった。
今回、追儺の習俗に話を進めるとそれはそれで楽しそうだが、この話題はまたこの後も出てきそうなので、門番の方に絞っておこう。
「悪しき者の侵入を防ぐ」とくれば、いわゆる門番・番兵がそうだろうし、
山門の仁王さんだってこの役目。
そう、このわんこだって仲間だぞ。
さらにわが秋田県には「鹿島様」なるものもいる。
鹿島様が秋田オリジナルかどうか詳しいところはわからないけど、一村にもろもろの「悪」が入り込んでこないようにとの願いを託されている点では、上掲のお歴々と一緒だ。
で、この仲間とも言えそうだけど、ちょっと待てよと考えてしまったのがこれだ。
ご存じのようにこれはなまはげ。
男鹿市へ向かう道路の脇にこんなでっかいのが立っている。なるほど鹿島様によく似てはいる。
で、なにが「ちょっと待てよ」なのかというと、なまはげってもとは来訪神とか歳神とか言われてなかったか、ということなのである。
そうそう、この姿でいいわけですよ。
だからなにが問題かって、キャラが違うでしょ、と言いたいのである。
道路端になまはげ立てた当事者がどなたかは知らないが、歳末に訪れるなまはげの神格と、疫神を防御する神の性格とは違うんでないの?
いやま、わかりますよ。観光のシンボルとして街の入り口にどーんと立てて目を引こうという気持ちは。けどなまはげって、神さまでしょー。もっとも日本各地の神々がこぞってゆるキャラ化しているきょうび、本来の神格がどうたら言ってもうるさいおじさん扱いされるだけなんでしょうね。
でもですね、侵しがたい聖域にあるからこそ、神さまはその神威を振るうのであって、人間の俗っぽい娯楽の的になっちまっては神さまの威厳は無いも同然ですよ。
軽佻浮薄は日本人の得意技かもしれないけど、神さままでそこに同調しなくってもいいじゃない。ことになまはげって恐がられてなんぼの神さまでしょ。
え? だから恐い神さまだから門番でいいじゃないかって?
いや、今の話の趣旨はそこじゃないでしょうよ。神さまの品位と神格というものをですね・・
あーもーいーや。ただのうるさいおじさんだよこれじゃ。もうやめた!