よこみち【真読】 №24 「森の香り」
この項目になって小さなうずきのような後悔を思い出すことになった。
いまではお香を扱う店の目録でもあまり見かけなくなった緑色の抹香のことである。
私が小さい頃、お寺で焚いていた抹香はこのような緑の香がほとんどだった。今のように茶色っぽいものや、粗めに刻んだものは、たまのお葬式の時に葬儀屋が用意するものだった。
ふだんの日課や、ご法事はほとんどこの緑の香。写真は向かって右が桂の葉を磨りつぶしたもの、左が杉の葉を磨りつぶしたものだ。
うちのお寺では昔からこうした抹香はお檀家さんが上げてくれていた。かつては数軒、今では二軒の方が、それぞれ作ってきてくれる。ただじつのところは、業者で持ってくる焼香用の香が大部分になってしまって、緑の香の出番はかなり少なくなっている。
思えばひどく失礼な話だけど、以前、こんな香は安っぽいなと思って焼香香炉の香をすべて業者からの出来合いの香に変えたことがある。お寺詣りの檀家さんもみんなそれに切り替えたのだ。としたろころが、ある日のお参りに、いつも緑の香を支度してくれるおばあさんがやってきた。うかつなことに、香のことには気づかずにそのままおつとめをしてしまった。
終わってからおばあさんに言われた。「やっぱりあんた古くしぇもの、お寺さんは使わねぇしべな」。
あっ、と気がついたがすでにどうしようもない。いや、あの、と取り繕うことばも続かない。さびしげに自嘲するおばあさんに、心から申し訳ないと思った。
谷間に山里集落がつながるこの地域、山の恵みは豊富にある。家業のかたわら、桂や杉の葉を集めてきて、乾かし磨りつぶしてくれたのだろうと思う。いただいた当初はまだ鮮やかな森の香りを充分放っている。
この香を手向ける壇上のご先祖たちもまた、こうして自家製の抹香を作ってはお寺に上げてきてくれた人達だと思うと、出来合いの香よりもずっと供養になるだろうと、あらためて思った。
かくてうちの導師机にはこのように二つの香合を用意している。