BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】 №31 「不老長寿の花」

※閲覧注意。本文中の一部に不快な思いをさせるおそれのある内容があります。気の弱い方は閲読をご遠慮ください。

 

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 本編 №27 にいただいたMeiko Chichibu さんからのコメント。
「私は亡き婆に“萎れた花を仏様にあげたまんまにしておけばだめ。仏様に申し訳ない”って言われて、小学3~4年の頃から花替えは私のお役目でした。
 親から子へ、祖父母から孫へ、仏事習俗が伝承されて行く次第をよく伝えているお話だと思う。その数は知り得ないが、おそらくこのように年長者から言われて育った人は各地にいるだろう。そんなことを思っていたらMeikoさんが本編 №31アップの後すぐに墓前に供えたお花の写真を寄せてくださったのもありがたかった。


 〈 しおれた花をそこにあげておくのはもうしわけない 〉そんな人間味あふれた気持ちが先だったのか、本編の語るような、〈 いつまでも枯れることのない花を供えることによって罪障消滅と三昧陀羅尼力の獲得が果たされる 〉という成果の期待が先だったのか。そんなことを思う。
 どうも前者の方が先だったらしい。
 かつて人類学の講義で聴いたことをネット検索で確認してみた。
 元コロンビア大学の先史学者、ラルフ・ソレッキが、ネアンデルタール人が発見されたイラクのシャニダール洞窟の発掘調査の際、人骨のまわりに多くの花粉や花弁が確認され、埋葬の際に「供養花」の献ぜられたことを推測している。

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 ここでは『真俗仏事編』の例しか提供できないが、仏教はもとより他の宗教でも推奨する供花の儀礼は、人類の普遍的な宗教以前の「儀礼」と言えるのかも知れない。そしてそれぞれの意味づけは、それぞれの宗教教義における供養花への再解釈ということになるだろう。

 さて本編では一連の花に関する項目がこれで一段落。よこみちとしてはシメの話題を提供したい。
 No.31に引かれる『陀羅尼集経』が述べるところでは、供えた花がいつまでも枯れなければよいということだ。とすると、求められるのは「いつまで枯れない花」ということになる。残念ながら私、『陀羅尼集経』や『蘇悉地羯羅経』の原典が成立したインドのことにはまったく不案内。彼の地にその花があるかどうかよくわからない。だが、ふと身近な所をふり返ると・・、うん、ちゃんとある。皆さんもよくご存じのあれ。「菊」であります。

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 実際のところ、他の花に比べて菊は保ちがいいようで。
 もうずいぶん前の話になるけど、うちのお檀家さんで四十九日の法要があった時のこと。頃は夏の暑い盛り、八月お盆のちょっと前だった。自宅での法要と言うことで、その家を訪れ玄関へ入ると何か変なニオイ。なんかクサイと思いつつも口に出すのもはばかられ、法事の用意がしてある座敷へ入る。むあ~っ、と今度はものすごいニオイ。集まった親族は顔をしかめ、クサイクサイの連発。一体何だろうと思ったら、葬儀の際に寄せられた盛り花の花かごが7~8個座敷に並んでいる。見ると、もう葉や茎は茶色くなったり黒くなったりしている。花かごの中には寄せられた当時の水が入っているわけで、その水や植物の残骸が腐敗してとてつもないニオイを発しているのだった。思わずえずきそうになるのを必至にこらえて施主に聞いた。「どうしてこうやっているんですか?」。施主はおとなしく、やや気の弱そうな七十代男性。「いや、葬式で上がったものはみんな四十九日終わるまで手かけるもんでねっ、て聞いたもんだがら」。
 くらっと気の遠くなりそうなのも必至でこらえて床の間の前にしつらえた簡易祭壇を見ると、葬儀の時にいただいたらしい香奠が手つかずのまま山盛りに積まれ、菓子箱らしい箱包みがこれまたぎっしり並んでいる。中には果物の詰め合わせもある。もちろんもとの色はとどめてなかったが。
 言っておきたいが、「葬式で上がったものは四十九日終わるまで手かけるもんでね」というのは、どう聞いたのかこのおじいさんの誤解で、うちの地方にそんな風習があるわけではない。居合わせた人たちに話して窓という窓を開放し、こみあげる嘔吐を死にそうなくらい気力を振り絞ってがまんし、飛び交うハエをかき分けるようにおつとめをした。
 その遠目には褐色のかたまりに見える盛り花のなれの果ての中で、菊だけが白や黄色のボールが浮かんでいるようにぽこんぽこんと花の形を保っていた。その花を支える茎や葉っぱはからっからに枯れていたのに、である。菊花のしぶとさをまざまざと見せつけられた経験であった。

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 仏前献花に用いられる花は様々だが、その王道は「菊」であるらしいことは多くの人が気づいていることと思う。あちこちで目にするようすがまさにそうだからだ。ではなぜ?とあらためて問われるとはたと戸惑う人も中にはあるかもしれない。インドではどうかわからないが、少なくとも中国では菊は長寿の象徴であった。菊の花自体の長命もしかり、その菊のエキスを服用した人間もまたしかりであった。
 中国宋代にまとめられた『古今事文類聚』に「菊花」の項目がある。全部で十丁(ページで言えば20頁分)にわたる菊にかかわる由来・文例を博捜したものだけど、そのはじめのところを引くと次のようだ(画像は和刻本)。

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 ご覧のように「菊を賜いて寿を延ぶ」「菊水よく寿ながし」とある。また南陽郡の酈縣では山上に大菊のある所あり、その下流域の家々では井戸を掘ってその水を飲むと百二十~百三十ほども長寿となる、という記事を應邵著『風俗通』から紹介している。他例もあまた載せられているが、日本において菊が珍重されるのはこうした由来が背景となってのことだろう。
 中国漢詩文の影響から、日本文芸の中にも菊の効用が浸透してきただろうことが察せられる。たとえば次なんかは和歌に取り入れられた、文字通り「和化」の例と言えるだろう。

 『和泉式部日記』
 「消えぬべき露のいのちと思はずは 久しききくにかかりやはせぬ」

 文芸などとかっこつけなくとも、すでに左党の方々にはなじみの多い「菊」もあろう。
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 と、いくらでも続きそうだ。考えてみれば百薬の長にいかにもふさわしい名前かもしれない。菊のしずくのすばらしさよ・・というところか。

 ここで白状しお詫びしなくちゃいけないのだが、私今まで勘違いをしていて、しかもそれを人にもっともらしく喋っていた。何かと言うと仏前供花としての「菊」につていである。何を間違えていたかというと、菊を供えるのは、永遠に生きながらえる命の象徴、つまり心に思う故人が永遠に生きながらえてほしいという気持ちを表すもの、みたいな説明をしていたのである。でもこれ、考えてみれば死んじゃった人間に対して言うにはまことにおかしい。
 今回の本編の趣旨に即して言うなら、「いつまでも枯れぬ花を供えることによって、故人の罪障消滅とお悟りの力が助長される」と説明した方がいいのかも。
 とすると造花や常花というのもそれなりの理屈に合うことになるわけか。
 ただ最後に誤解の無いように言っておくけど、だからといってやがて枯れてしまう生花よりも造花の方がよいというのではない。これまで覧てきたように、花はその「見目麗しさ」のみによって供えるのではない。「かぐわしき香り」もまた花の大切な役割。こしらえものの香りより、自然に咲く花の香りの勝るのは みなの知るところ。自然の花を更新し続ける、つまりは、花手向ける人がその行為を相続し続けることこそ、供花の真意となるのだろう。
 「萎れた花を仏様にあげたまんまにしておけばだめ。仏様に申し訳ない」というおばあさんの言葉は、偉大な教えであったということになる。ね、Meikoさん。

 ※ ん~、今回はちときれいに終わりすぎたかも。「よこみち」っぽくないな。この反省を次に活かそう!