BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

よこみち【真読】№124「聖なる場所」

 

「道場」という言葉が「聖道を証する所」にもとづく言葉だと知ったのはこの本編が初めてだった。それより先に「剣道場」や「空手道場」などの用語に慣れていたのでごく一般的に、武道をならう施設、という解釈をしていた。本編の引く『西域記』がオリジナルとすれば、日本の武「道場」のルーツは仏教にあるのだろうか。そのあたりの前後関係についてはもう少し調べないとなんとも言えない。ただ、「民謡道場」とか「そば打ち道場」「ピザ道場」など、なにかを作り上げる、あるいは技術を修得することを目的とした所に「道場」と名づけるのは、「武道場」の延長なのだろう。
 そしておそらくそれと同じ方向にあるのが、「書道教室」「茶道教室」などの「教室」の用例だと思う。これを日本人の特性と考えてよいのかどうかよくわからないが、何事かをならう過程のことを「道」と名づけて、ある精神性をその中心に植え込んでいくことがある。「空手の道」「茶の道」等など。
 武道場に神棚を設置することは「近代」の作為であったという議論があるみたいだが、条例等のことはさておいても、「道」という捉え方のベースになんらかの「神」を見いだしていることは近代以前の例にも数多く見いだせそうだ。いわゆる「聖なる場所」が別の文脈を通ってまた別の「聖なる場所」になっているというわけだ。
 とこんなコメントに続いてはなはだ低俗なオチになって恐縮だけど、かつて街中を歩いてきた時のことである。冒頭の画像のような「お琴教室」の看板が目に入った。その時、いくぶん疲れていたのだろうか。アナグラムの落し穴に落ちた。奇怪な疑惑に捉えられたのである。「男の教室」ってなにを教えるんだろう?