BON's diary

「何考えてんだ、お前はっ!」 「い、いろんなこと」

堀川貴司「抄物の類型と説話」『伝承文学研究』26,2013.8 伝承文学研究会

 抄物の類型を試みる。石川力山、飯塚大展とは異なるもの。

 

一 類型

ア  対照となるテクスト(原典)による分類

 漢籍 師部分類のうち集部が最も多く、史部がそれに続き、経・子は少ない。初学書である『三体詩』『聯珠詩格』『古文真宝』、規範とすべき作品『東坡詩』『山谷詩』『杜工部詩』、小品では『瀟湘八景詩』『演雅詩』、史部では『史記』『漢書』『十八史略』『史学提要』、経部では『周易』『毛詩』『論語』など、類書では『韻府群玉』『詩学大成』など。 

 禅籍・仏書 『勅修百丈清規』『臨済宗』『碧巌録』『五家正宗賛』『江湖風月集』などの公案集・偈頌集、禅林の公式文書の模範となった『蒲室集』など。

 準漢籍・国書 禅林では僅少。中国詩選集『錦繍段』、日本禅僧の詩選集『花上集』、日中の詩集『中華若木詩抄』。公家・博士家などは国書の抄物も(『御成敗式目』『職原抄』『日本書紀』など)

 

イ 文体による分類

 漢文 比較的初期(南北朝・室町前期)のもの、あるいは対象となるテクスト(原典)に注がないものに見られる。岐陽方秀の『碧巌録不二鈔』『中峯広録不二鈔』、東陽英朝の『江湖風月集略註』など。

 和文 講義の聞き書きから生まれたもの、またはその文体を模倣したもの。漢文の抄物の内容を和らげたもの(『江湖風月集略註』に対して『江湖風月集略註抄』

 和文・漢文混用 和文の中に漢籍の引用文を含む場合、ある程度は混用とならざるを得ない。それとは別に『四河入海』のように、先行する漢文抄物と和文抄物を修正したものの場合、当然ながら混用されることになる。

 

ウ 成立時期による分類

 南北朝 ほとんど現存せず。後世の抄物に吸収されている場合が多い。

 室町前期 岐陽方秀や江西龍派など開拓者的存在。

 室町中期 景徐周麟・月舟寿桂・桃源瑞仙・万里集九など、博士家を含む公家との交流、注釈対象の拡大、講義対象の拡大、注釈の重層化など多様な現象が生まれる。

 室町後期 彭叔守仙・惟高妙安・仁如集堯など、注釈の集大成化が行われる一方、専門家以外の読者に向けて、わかりやすい抄物も作られるようになる。

 安土桃山・江戸初期 月渓聖澄・文英清韓など、頻繁に禁中講義を行う禅僧が出てくるなど、室町後期の傾向がつづく。また古活字版、ついで製版による抄物の出版が始まる。

 

エ 注釈書の学統による分類

 東福寺 虎関師錬・岐陽方秀以来の学問的蓄積を踏まえ、『四河入海』など大部の抄物が作られる。

 建仁寺 『三体詩』『錦繍』『中華若木詩抄』と続く漢詩初学書の形成・注釈と『蒲室集』疏注釈の伝統がある。いわば創作との密接なつながりのなかで抄物が作られている。

 相国寺 室町中期に桃源瑞仙・景徐周麟らが公家との学問的交流を行い、その結果『史記』『漢書』『周易』など、史部・経部の漢籍に対象を広げていく。その後惟高妙安が類書への注釈という他に例のないものを成し遂げ、知識の集大成を試みる。

ただし室町中期以降は寺院間の交流・混交が著しい。たとえば建仁寺の月舟寿桂は、『史記』『漢書』『周易』にも手を伸ばしている。

 

オ 注釈形態による分類

 孤立 その人ひとりが行い、前後に例がない(惟高妙安など

 並列 ほとんど没交渉にいくつかの注釈が存在する(『瀟湘八景詩』など

 重層 歴代の注釈が継承されていく(『三体詩』『蒲室集』など

 

カ 聴講者(読者)による分類

 禅林内部 漢詩文のプロ(後継者)育成のため

 公家・武家など 漢詩文の基礎的教養を身につけるため、と一応は言えるが、講義に関しては、なかばエンターテインメントでもあったか。

 一般 出版されるようになると、読み物としての面白さも求められたのではないか。『中華若木詩抄』『三体詩素隠抄』などはそういう読者の欲求を満たす内容である。

 

二、三 抄物の中の説話

 

 『中華若木詩抄』『詩学大成抄』『江湖風月集』抄 『瀟湘八景詩』抄 の事例分析

 

まとめ

 「禅林内部の教育を主目的とした抄物には、基本的な知識としての中国説話に混じって、内部の人間が知っておくべき説話(逸話)がちりばめられるのに対し、より一般的な読者を想定した抄物には、そういう読者の興味を引きそうな普遍性のある説話が増補されていく傾向が見て取れるのである」

 「説話という視点から抄物を広く見直して見る必要があろう」